長男・春彦

9/16

2129人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
デートの間も、花純は浮かない顔をしていた。 多分、ていうか絶対、俺と小説家の仲を疑ってるんだろうなあとは思ったけど、かける言葉が見つからなかった。 例えば、花純の事を心底愛していたら、「愛してるのは君だけだよ」なんてドラマみたいな台詞も雰囲気さえ有れば言えるだろうし、強く抱き締めてあげることだって出来る。 だけど俺にはそれすら出来ない。 何なら、あの小説家のしかめっ面の方が気になっていた。あれは、明らかに花純の存在を嫌がっている顔だったからだ。 俺のこと好きなのか?この短期間で? 確かに、ほぼ毎日 一緒には居たけど。 好きになられるような事をした覚えもない。 花純を家まで送って帰って来て、自分の部屋に戻ろうとすると、廊下で夏輝に出会った。 「…どうした?」 「ちょっとトイレ」 「そうか」と弟の脇を通り過ぎようとすると、肩を掴まれた。 「…何だよ、」 「兄貴さ、気付いてねーだろ」 「何が?」 ーーーあのキラキラ女のこと、好きなんだろ? キラキラ女。俺にはハリウッドセレブに見えたけど、弟にはキラキラに見えたらしい。 俺が彼女を好き?そんな訳あるか。 あるとすれば、向こうが俺のことを好きなんだろ。 「何バカなこと言ってんだよ。だいたい、俺には花純が…」 「なーにが花純だよ。秋宏の目ばっか気にして、何にも出来てねーくせに」 気付いてたのか、と思った。 夏輝は兄弟の中で一番チャラついていたけど、こういう時の勘だけは鋭い。ただし、人のことに関してだけだけど。 「兄貴が普通に笑ったのなんて、いつぶりだか分かんねーよ」 そう言われて、今朝の出来事を思い出した。あの時、空気が変わった。そこまで驚くことだったらしい。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2129人が本棚に入れています
本棚に追加