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次男・夏輝
「な、んで、ここに、アンタが、居るの…!」
運んでいるお盆を落としそうになる程、私は大いに驚いていた。
幼い時に、両親を亡くした。高校までは施設で育って、卒業と同時にこの月島旅館に就職し、住み込みで奉公している。
実はこの旅館、大嫌いな同級生の実家なんだけど、進学だか就職だかを機に都心で一人暮らしをすると言うので、我慢すれば良いのはお盆や正月の連休だけ。と思っていたけどアイツは全然実家に顔を出さなくて、安心して4年間働くことが出来ていた。
なのに。22歳、春目前の2月最終週。目の前にアイツが立っていた。
「お、山田!久しぶり!」
そう言ってニタニタ微笑うのは、月島 夏輝。月島家の次男だ。
幼稚園から高校までずっと一緒。小さい頃は、私の大嫌いな虫を見せつけて、大泣きする私を見て喜んでいて。中学に入ると、勉強も運動も出来るからって、どちらも出来ない私が何か失敗する度に、これでもか!とからかって楽しんでいた。
おまけに、そこそこ見た目が良いからって、ずーっとモテていて。女の子は取っ替え引っ替え。
気に入らない。本当に目障り。みんな、こんな男の何処が良いんだ!と思っていた。
悪戯小僧みたいな微笑い方は、あの頃と全く変わっていなくて寒気さえした。ま、長く伸ばしていた明るい茶髪が、黒く染めて短く整えられていたので、以前よりは好感が持てる見た目にはなったけど。
はっ、と我に返る。
いけない、私はこのお吸い物をお客様に運ぶところだったんだ!
老舗旅館の味のある広い廊下。目を逸らして横を通り過ぎようとすると、何かが足に当たった。チラリと足元を確認すると、茶色の高そうなボストンバックが1つ。
「何、その荷物…?」
嫌な予感がした。突然帰って来て、この大荷物。まさか、まさかだけど…
その嫌な予感は的中する。
大嫌いなその男は、他の女子なら喜びそうな爽やかな笑顔で、言った。
「俺、来週からここで働くから」
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