長男・春彦

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長男・春彦

三男の秋宏(あきひろ)が、彼女の事を好きなのは知っていた。物静かで、絵ばかり描いていて、兄弟にさえ心を開かないアイツが、彼女には微笑いかけるから。 だけど現実は残酷で。彼女は、俺の許嫁。 俺が跡継ぎになると決まった日から、彼女と俺は結ばれる事が決まっている。 彼女、藤原(ふじわら) 花純(かすみ)は、俺の5つ下のハタチ。この田舎町有数の地主の娘。色素の薄い、フワフワの長い髪。小柄で、華奢。控えめで、大人しくて。 目立って何かが出来るわけでも無いけど、出来ない訳でも無くて。「男性の半歩下がって歩く」を天然でやってしまう彼女は、密かに男子から人気があった。 許嫁の話を聞いたのは、高校に入ってから。俺は16歳、彼女はまだ11歳。この旅館の後継ぎが彼女と結婚するという話を聞いて、すぐに5つ下の三男の事を考えた。 控えめで、自分の意見もろくに言えない秋宏。大人になっても、彼女に気持ちを伝えることなんて出来ないだろう。だから兄として、アイツに花を持たせてやろうと思った。 俺は昔から何でもそつなくこなせたので、勉強したらそこそこ良い大学には行ける。就職も、多分困らない。どうせ夏輝が継ぎたいと言うことは無いだろうから、俺が進学して就職すると言えば、必然的に秋宏が後継ぎになって、彼女と結婚することになる。 まだ11歳だし、結婚なんて考えて無いだろうけど。アイツが人を好きになるなんて、今後考えられないから。 最大限、弟のことを考えて、俺は身を引くことにした。 両親に後を継ぐつもりは無い事を伝えると、それはそれは反対された。何とか説得すると、その矛先は夏輝に向いて。夏輝が反抗し始めたから、作戦通りだと思っていた。 だけど現実はそんなに上手く行かず。 どうやら両親は控えめで体の弱い秋宏に後継ぎは無理だと思っていたらしく、夏輝をしつこく説得し続けていた。 結局、俺は進学を諦めて、若旦那として働いている。花純との婚約を伝えた時の秋宏の顔が、俺は未だに忘れられない。
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