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幸いなことに今はちょうど休み時間らしい。一年二組の教室に辿り着くまでに、数人の生徒とすれちがった。授業中にこそこそと教室に入るのはつらいので、よかったよかったとほっとしながら席についた。途端、隣席の男子が話しかけてくる。
「おはよう、音色ちゃん」
喜色満面美少年の彼は、山内ノリタケ(やまうちのりたけ)。音色は美少女だけではなく、美少年も大好きだった。特に、ノリタケのような線の細い、色白で黒髪のか弱そうな美少年は最高だと思っている。彼には詰襟が良く似合う。五月なのでさすがにカッターシャツ姿だけれど。入学式のとき、音色はノリタケの存在に大感激したものだ。いちごちゃんともノリタケとも同じクラスだとわかった瞬間のあの感動を音色は忘れてはいない。
「おはよう、ノリタケ」
「今日はまた派手に遅刻してきたね、心配したよ!」
「いろいろあってな……」
ついさっきまで魔法少女をやってたのか。なんだか夢でも見ていたんじゃないかという気分だ。そうであった方がいいような気がする。
「どうしたの、音色ちゃん?」
「いや、なんでもない。つくづく、世の中はくそ、人生はくそって思っただけだ」
「もー。またそれ? 僕は音色ちゃんに出会って、世の中も人生もバラ色なんだけど!」
にっこりするノリタケだったが、音色はスルーした。
「おまえの人生が何色でも私には関係ない」
「クールだなあ、音色ちゃんは……いちごちゃんが同じこと言ったら大喜びなんだろうになあ」
「そりゃ、いちごちゃんがそう言ってくれれば私の人生もバラ色だよ!」
「でもいちごちゃん、また怒ってたよ、音色ちゃんのこと」
ノリタケは声をひそめた。アオに餌をやっていたことだろうなと思いだして肩を落とすと、からん、という音と共に空の猫缶が机の上に置かれた。顔を上げると、いちごちゃんが悲しそうな顔をして立っていた。
「い、いちごちゃん」
「音色ちゃん。私ね、音色ちゃんがお化けに襲われてないかなって心配になってベンチのとこまで引き返したの。そしたらね、これが置きっぱなしだったよ」
そうだった。音色は思い出す、いちごちゃんはちゃんと片付けなさいと指示して去って行ったのだ。
「いや、これはその」
「だらしないよ、音色ちゃん……これは私がゴミ捨て場に、持っていくね」
いちごちゃんは空き缶をつまみあげた。音色は席を立ちながら、待って、と引きとめる。
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