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「あ、こら、どこに行くんだ! じゃ、じゃあね、いちごちゃん、本当に誤解だからね!」
いちごちゃんの返事は聞こえなかった。世の中はくそ、人生はくそだと思いながら、音色はアオを追いかけた。しばらく走ると、アオは人間の姿になって、すみません、と謝った。
「あの場は離れるのが適切だと判断しました」
「確かに、もう言い訳も思いつかなかったしな……何を言っても裏目に出そうだ」
「なんとはげませばいいのか」
「はぁ……」
がっくりと肩を落とす音色に、アオはでも、と励まそうとした。
「でも、ロイネちゃんのときはいちごちゃんといちゃいちゃできるじゃないですか!」
「もう正体ばらしたいくらいだ」
そうすれば、音色ちゃんのときもいちごちゃんと仲良くできるんじゃないだろうか。妄想する音色に、アオが慌てたように否定する。
「だ、ダメです、そんなの絶対だめですからねっ」
「ばらしたら死んじゃうの?」
「そういうわけではありませんが……セオリーと言いますか」
「はあ? セロリー?」
「馬鹿……いいですか。今ロイネちゃんと音色さんが同一人物だとわかったら、いちごちゃんはロイネちゃんの嘘つきって怒ると思いますよ。ロイネちゃんといちごちゃんはいい感じなのに、それさえ失ってしまいます、いいんですか?」
「それは良くないな! ロイネちゃんがいちごちゃんに嫌われたらもうどうしようもないじゃん!」
「そうでしょう、そうでしょう。わかったらさあ、帰りましょう」
アオはほっとしたように言い、はいぽん、とお決まりのセリフを吐いて、猫に戻った。こんなに簡単に変身できていいよなあと音色は羨ましく思うのだった。
音色が住んでいるのは、2LDKの小さなアパートの一階だ。母親と小学四年生の弟と暮らしている。薄茶色のドアを開けると、中からおかえりなさい、と声がした。どたどたと足音を立てて、現れたのは弟の結平(きっぺい)だった。
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
「ただいま、結平、今日もうるさいなおまえは」
「にゃおん」
「あ、今日もアオと一緒に帰って来たんだね。朝も姉ちゃんと一緒にいなくなるし、まるで二人で学校に通っているみたいだね!」
結平の無邪気な言葉に、音色とアオは顔を見合わせた。音色はまさか、と笑う。
「猫は学校に行かなくてもいいんだよ。きっと散歩してるんだろ」
「本気で言ってるわけじゃないよ、姉ちゃん」
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