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当たり前じゃん、とでも言いたげだった。そりゃそうか。音色は弟を押しのけるようにして家の中に入った。廊下の突き当たりの部屋、台所では、母の奏(かなで)が鍋の中をおたまでかきまぜているところだった。
「ただいま、ママ」
「おっかえり、音色! 今日も今日とて辛そうな顔をして帰ってきたわね!」
「そうなんだよ」
「明日は遠足でしょう! もっと楽しみにしなさいよ! 三種類くらいおにぎり握ろうと思ってるのよ!」
「あー。ママ、明日はね」
言いかけた音色をママはさえぎった。
「まずー、スパム結び! スパムとタマゴをご飯にはさんで、ノリで巻いて食べるの!」
「お、おいしそう……」
「次にー、みりんとしょうゆで味付けした豚肉でご飯を巻いた、肉巻きおにぎり!」
「ごくり……」
「そしてー。やっぱりシンプルに鮭おにぎりよね、最後は」
「うん、鮭おにぎりも大好きだよ……」
音色は泣きそうになりながら言った。食べたい、ぜひとも食べたい。アオがにゃー! と鳴いた。わかってる、わかってる。
「ママ」
「なあに? いいのよ、ママ、音色ちゃんのためにおにぎり作るの大好きなの」
「ママ、ごめんね。私、もうおにぎり食べられないんだ……」
「え? な、何を言ってるの?」
「だから、明日はサンドイッチにしてほしいんだ。ごめんね」
いつの間にか背後にいた弟が、姉ちゃん、と小さく声を出した。ママが口をぽかんとあけている。
「おにぎり、嫌いになっちゃったの?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「結平、どうしてだと思う? 変だよ、変だよ。音色ちゃんが変っ」
「俺もびっくりだよ……姉ちゃん、どうしたの?」
「いや、深い理由があるわけじゃないんだ。ただ、おにぎりよりサンドイッチが食べたいんだよ」
音色は無理やりそう言った。サンドイッチは嫌いじゃないけれど、おにぎりの方がもっと好きなのだ。ママは残念そうに、そうなの、とつぶやいた。
「わかったわ、サンドイッチね! ママ、とっても美味しいサンドイッチ作るから、楽しみにしててね!」
ママはにっこり微笑んだ。音色はほっとして息を吐く。けれど、もう一つ頼みごとがあるんだった。
「あのさ、ママ? 明日、お弁当、一つ余分に作って欲しいんだけど、いいかな?」
はっと、アオが音色を見上げた。音色はちらっとアオを見下ろしてから、またママの方に顔を向ける。
「無理だったら別にいいけど」
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