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「悪くないね。少なくとも、こうして君と話せているから」
「……センパイは罪作りですね。さぞ生前はおモテになったことでしょう」
「まさか。彼女もいない寂しい人生だったさ」
あるいは、彼女の言うようにモテていたならば、僕の死因も変わっていただろうか。
「……じゃあ、わたしがなってあげましょうか?」
「え?」
「センパイの、彼女に」
眼鏡の奥から覗いてくる、試すような彼女の視線を正面から受け止められず、僕は肩をすくめて苦笑するに留めた。
「……何を言ってるんだか」
「おや、心外ですね。冗談に見えます?」
「決まってるだろ。一体どこの世界に、亡霊の恋人に立候補する馬鹿がいるんだ」
「ここにいますけど?」
人を食ったような返答に、僕は溜息を吐くしかなかった。
彼女の真意がどちらにしろ、僕に残された時間はあとわずかだったからだ。
「……残念。時間切れですか」
元々透けていた僕の体がさらに透明度を増していく様子を見て、彼女はポツリと呟いた。
心なしかがっかりしたような色をのせたその声が、表情よりも雄弁に彼女の心情を伝えている気がして、僕は可笑しくなった。
「ふ、ははっ」
「……なに笑ってるんですか」
こらえ切れずに漏れ出た笑いに、彼女がふてくされたように僕をじろりと睨むので、僕はせめてもの誠意として両手を挙げ、そして告げた。
「悪いけど、そろそろお別れだ」
こうしている間にも僕の透明化は滞りなく進み、体の色は限りなく背景との同化に近づいていっている。
「……もう、いってしまうんですか」
「うん。でも、ちょっと嬉しかったよ」
さいごのときを、君と過ごせて良かったと思うくらいに。
「それじゃあ、さよなら。ありがとう」
ありがとう、名前も知らない君。
そう言い終える前に体の色が完全に消えてなくなり、僕の意識はそれきりぷっつりと途絶えてしまった。
だから、そこから先の彼女の話は、僕の知るところではないのだけど。
「最後の言葉がお礼だなんて、まったくひどい人ですよ、センパイは。……あーあ、結構本気だったんですけどね」
消えゆく瞬間に、そんな言葉が聴こえた気がした。
「さようなら、センパイ。名前も知らないあなた」
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