急「現実」

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 (あやかし)は人から生じた存在。(あやかし)も霊も、全ては目に見えぬ脅威。あるいは不安、あるいは不運。そうした身に降りかかる可能性のある現象を恐れる人が、それらに目に見える形を与えたもの。古くは(たた)りなどとして恐れられた人々の負の空想が生み出した肉体を持たない想念の集合体。  陰陽道の基本とされる陰と陽に分類される気の概念。この概念は季節にも当てはめられ、春は陽の気が騒ぎ出し、夏にピークを迎え、秋には移り変わって陰の気が騒ぎ出し、冬には陰の気で満ちる。陰の気満ちる時期だからこそ、人々の抱える恐れは増大し、それに比例するように(あやかし)が湧き出す。 「この理は陰陽師なら誰もが暗黙の内に理解しているはず。そして、私が今一度貴方に伝えたのは、現実を認識してもらうためです。人が人である以上、この世から(あやかし)を絶滅させる事は永遠に不可能であるという事を」  (ぎょく)の言葉に、桃舞(とうま)は思わず歯を食いしばった。この女の言葉は正しい。だが、素直に受け止める訳にはいかなかった。 「私はお前達を滅しつくすために今まで血の滲む鍛錬をしてきた! 二度と私と同じような目に合う人間を出さないようにだ! お前の言う言葉は確かに真理だ。私達が存在する限り貴様らもまた在り続けるのだろう。それでも私は(あやかし)の脅威から全ての人々を守る!」 「何故そこまで? 大多数の人間は(あやかし)の存在になど気づかない。貴方がどれだけ努力しても救える人間は限られている。貴方の願いは一生かかっても叶えられないものです。叶わない夢と理解しながら何故貴方戦い続けるのです」  (ぎょく)の言葉に、自分の芯としてきたものを揺さぶろうとする言葉に桃舞(とうま)は怯まない。二度と憎しみを生ませない。あのような悲劇はあってはならない。(あやかし)を狩り尽せば、それが叶う。そんな夢を抱いた。それが泡沫の幻想だとしても。 「あの時、何もできなかった私自身が。闘い続けろ、とそう言っている。私の眼が黒いうちは二度と悲劇など生ませやしない」  桃舞の瞳に宿った強い意志の力。その眼差しを受けて目の前の(あやかし)は何を思ったのか。布に隔てられたその表情を伺い知る事は出来ない。 「なるほど。貴方は折れない。勝算の見えない戦に飛び込むという事の意味を理解している。実に愚か。愚かな武勇。けれど……」  
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