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玉はそこで言葉を切った。桃舞は怪訝な表情で口を噤んだ玉を見る。
「こちらへ」
玉はそう言って再び歩き出した。ほんの五メートル先にあった横道を曲がる。桃舞が誘導されるままについて行くと、角の先には予想していない光景が広がっていた。
「な、なんだこれは」
道幅四メートルも無い路地の横道には町を徘徊するあの謎の人影が数十蠢いていた。悪夢のような光景だった。お互いに重なり合い、壁に張り付き、這いずり回り――様々な在り方で影は密集していた。
「皆様にはお伝えしていませんが、この影の名は『虚無の影』、妖の素です」
「妖の……素?」
「これは人間の虚無。その感情が想像力によって形を成したもの。負の想念を喰らい、成長し、やがては妖となるでしょう。そして、いずれはこの世界を覆いつくす程の規模になる。妖に学のある貴方達陰陽師でも、これについては把握してはいないようですね」
「まさか……、町中至る所に湧いて出ているあの影が全て!?」
町の高台になっている木霊神社の境内から見ただけでも、優に数千はくだらない数がこの町に徘徊していた。それが全て、いずれは妖になるという。絶望的な事実だった。
「妖の素である負の想念が形となって目に見えるなんて。これまでこんな現象には出会った事がないぞ。何故今回の儀式ではこんな事になっている!?」
「大嶽丸の影響でしょう。強大な妖はそれだけ、他の妖を形成する力を誘引する性質がある。そして、この町そのものも原因の一つ」
「町が?」
「はい。この草羽音は全国でも有数の霊場として、安倍家からの監視が付くほどの町。ですが、そのそもそもの根本原因は、千年前の戦です。史実としては抹消されてしまった『かの戦い』は、多くの戦死者を出し、人々の負の想念を数千数万と積み重ねた。この土地には、それだけの素が存在するのです」
大嶽丸という強大な妖と、負の想念を幾万も積み上げた死の土地。二つの要素が重なり合い、この事態を引き起こした。信じがたいが、彼女の言葉は筋が通っている。
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