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そして、桃舞は見た。路地の先に、蠢く人影の先に転がっているモノを。
「人間の……死体。なんで……」
「大嶽丸の仕業でしょう。死体についた傷を見なさい。全て鋭利な刃物による裂傷です。恐らくは新しい剣の試し切りに使ったのでしょう」
「この町の人間はお前が全て隔離したんじゃ……!」
「これらは私がこの町に到着するよりも前のもの。既に犠牲者は出ていたという事です」
予想していなかった事態に狼狽える桃舞 。さらに、目の前で異様な事が起こり始める。
蠢いていた影が、それら死体の上に四つん這いで重なり、まるで全身を舐めるように頭の部分を肉体に這わせていた。その行為に及ぶものが、一体だけではなくどんどん数を増していくのだ。
「な、何をしているんだ」
「ああして、死体に残った負の想念を喰らっているのです。『虚無の影』はそうして成長していく」
「この!」
桃舞は思わず、壁に手をつき、発達させた石の槍で死体に群がる影を刺し貫く。影には凡そ質量のようなものは感じられず、手ごたえは無いに等しかったが、刺し貫く事で風船が割れるように簡単に四散した。
「そんな事をしても無駄ですよ。影は未だ霊体として確立する前の段階。いくら陰陽術を用いて介入しようと、消滅させることはできません」
飛散した影は舞い散る落ち葉のように路地を流れる風に乗って流れていく。その一つが桃舞の頬に触れた瞬間、脳裏に映像が流れ込んできた。
(なんだ!?)
「影に乗って、死体に残っていた無念が貴方に見せているのは今わの際の光景でしょう」
いくつかの場面がフラッシュバックするように頭を過る。先程まで影が乗っていた死体。その男性の死の間際の記憶……のようだった。子どもの手を引いて笑いながら歩く幸せの風景。子どもの顔には見覚えがあった。それは人間の姿を取った大嶽丸そっくりの少年だった。隣には笑顔で歩く女の姿、恐らくは妻だろう。しかし、瞬間世界は死と絶望に塗り替わる。
子どもを抱え、必死に足を動かし、追ってくるものから逃げる。しかし、彼らを追う影からはついぞ逃れること叶わず、この路地裏で彼らの運命は死に見つめられてしまった。目の前で切り裂かれる自分と妻。涙を流しながらも、子どもを守り切れず死んだ、彼らの無念がそこにあった。
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