急「現実」

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桃舞(とうま)は震えながら拳を握りしめていた。 「何が見えましたか?」 「悪だ」  彼の表情と声は怒りに満ちていた。(あやかし)に対して常に持つ憎しみがより一層その濃さを増した。(ぎょく)は激しく高ぶる感情の発露を感じながらその様子を眺める。すると、突如桃舞は視線を路地の先に移し鋭く言葉を発した。 「誰だ!」  (ぎょく)は、桃舞(とうま)の突然の言葉に思考を寸断された。気を取られていて気が付かなかったが、路地の先に、何者かが表れている。彼らよりも幾分背丈の小さいシルエット。モノトーンのパーカーに厚手の赤の上着を上から羽織った少年。二人ともその顔には見覚えがあった。 「大嶽丸(おおたけまる)!?」  桃舞(とうま)は瞬時に向き直り、戦闘態勢に入ろうとするが、(ぎょく)が掌をかざしてそれを制止する。 「いえ、違うようです。よく見てください」  言われて、桃舞(とうま)が再び少年を観察すると、ひどく怯えた様子で体を震わせているのが分かった。まるで普通の人間の子供のように。 〈お、お兄ちゃんたち普通の人だよね? あの化け物とは違うんだよね?〉     ■■■  日暮れの町で、父親は手を引く息子に微笑んだ。 『今日は晩御飯を食べたら初詣にいくぞ(まさる)』 『うん! 楽しみだなあ! はやくリンゴ飴食べたいよ!』 『ふふ、(まさる)ったら、初詣というよりも屋台が楽しみなのね』  母親が口元に手を当てて笑う。少年は明るく笑いながら冷える外気に鼻をすすった。  草羽音(くさばね)市の北、まだ夕方だが、緑恩寺(りょくおんじ)に向かう人々がちらほら見られる。この辺りの地域ではそれなりに大きな寺だ。京都が近い事もあり、歩くのも困難、というほど混雑になる事も無いが、毎年多くの人で賑わう。今年も家族で年越しそばを食べ、お参りし、屋台を楽しみ、おみくじを引く。そうして新しい年を迎え、また一年家族の思い出を積み重ねていく。これまでもそうしてきて、これからもそうしていくのだろう。 『何とも間の悪い者どもよのう』  帰り道、家の近くにあった公園でその鬼は語りかけてきた。  そこは日常と非日常の交差点。 これから先も続いていく日常という長い長い時間の帯が、断ち切られる。
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