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「いらっしゃいませ、カバーはお付けしますか」
ここは、大型書店の一角にあるレジ。そこで接客を任されているのは沓名綾乃である。彼女は無表情のまま淡々と職務を全うしている。
「ありがとうございました」
そして、事務的にマニュアル通りの送り文句を口にするのだった。
綾乃は少し変わった子供だった。
表情が乏しく、自分の興味のあることには驚くほどの吸収力を見せるのだが、興味のないことに関しては全く頭に入ってこない。
「国語力はとてもありますが、算数の計算力が乏しいところがありますね」
小学生の頃の担任から言われた言葉だ。綾乃は国語がとても好きだった。しかし算数の計算はどうにも苦手で、九九を正しく言えたのは小学校6年生になった頃だった。
また注意力も散漫で、大事な約束を忘れてしまうこともしばしばあった。
「綾乃ちゃん、いますかー?」
その日は小学校の同級生が、土曜日に学校からの宿題をするために綾乃の家を訪ねた日だった。
「綾乃? 遊びに行っちゃっていないわよ? どうかした?」
「えー? 綾乃ちゃん、いないんですか? 自分から班長になってこの日に宿題をするって言ってたくせに……」
同級生たちはぶつくさと文句を言いながら帰っていったそうだ。
月曜日。綾乃が約束をした同級生たちに責められるのは必須だった。綾乃は平謝りをしていたが、それでも同級生たちは綾乃を許してはくれなかった。
このようなことがあってからと言うもの、綾乃にとってメモ帳は必須アイテムとなっていた。しかしメモを取ったことさえ、忘れてしまうことも多々あるのだった。
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