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僕と彼女が住むこの世界で何年ぶりだろうか雪が降った。色が消え失せた鉄の街が見える。僕は最後の時を過ごそうと「山」と呼ばれた場所へ足を運んだのだが、そこには先客がいた。
A「来たんだ」
綺麗な黒髪の彼女はそう言った。
B「思い出の場所、だからかな」
A「そう。桜、もうすぐ咲きそうだったのに残念ね」
B「二人で見ようって言ったけど無理そうだ」
蕾にかかった雪を払うと、シャッター音が鳴る。
A「私があなたの代わりに写真撮っておいてあげるわ」
B「頼むよ。また君と会えたら新しい僕に見せてくれ」
時計の長針があと一回右に動けばこの世界は終わり、新しい世界が始まる。僕もリセットされ、生まれ変わる。街も人間もほぼ全てが生まれ変わるのだ。そして、例外の彼女は取り残される。
A「なんて顔してるの」
B「ごめん」
A「分かってたことじゃない」
彼女は小指を出し、僕の小指と絡めた。
B「また、ここで会おう」
何度彼女と約束したのだろう。もう僕の頭の中には彼女と笑いあった記憶も、喧嘩した記憶もない。ただ、目の前にいる彼女が僕にとって大事な人で置いていってしまう事実だけがある。
彼女の名前は、僕の名前はなんだっただろうか。
眠気がきて目を閉じる。
小指の温かさが無くなり、脳の機能は停止した。
僕が見た最後の彼女の顔も、もう思い出せない。
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