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 蜻蛉は、弾倉を入れ替えた銃を握っている。決して明るくはない駐車場の照明を浴びながら、停められた自動車の車体に背中を押しつけていた。  なるべくなら、無関係なここの車には傷をつけたくないなと妙な気を遣いながら、乗り込んでくるだろう猫の気配を探る。あれだけ全身を濡らしていれば、水を吸った衣服で思うように気配は消せないだろうと踏んでいた。  だが、その予想は掠りもせずに大きく外される。 「蜻蛉の眼鏡は縁なし眼鏡~……」  のんきな鼻歌が、静かな駐車場に聞こえてきたのだ。下の階から階段を使って上がってきているのだろう、時折鼻歌に濡れた靴音が混じる。  眉をひそめ、蜻蛉は階段の上り口が見える位置に移動する。足もとに設置された消火器に注意しながら片膝をつく。猫の声が近づく。銃口を上げる。 「キミさあ」  突然、まだ見えない猫が蜻蛉に話しかけた。 「ああ、ったくキミってのは使い辛い二人称だな。お前とかでいっか。敬称は略させてくれ」  鼻歌のままののんきさで言葉を続ける猫。 「なあ蜻蛉、お前ってきっと優しいんだよなあ」  意図の知れない切り出しだった。 「見た目からして優等生ってゆーか? うちの相棒も外見優等生は負けちゃいないんだけど、まあ中身も案外優等生なんだけど、あんたのとはまた違うタイプってゆーか」  当然蜻蛉は返事をしないが、猫は気にせずに朗々と声を張る。朗らかに朗らかに、猫は、 「ねえねえ。なんでお前、殺し屋なんかやってんの?」  蜻蛉の逆鱗に触れた。  瞬間、蜻蛉は自分が引き鉄を強く握り込んだのに気づかなかった。  誰の姿も見えない上り口を銃弾が抉る。サイレンサーで殺された発砲音よりも大きな音が、蜻蛉を我に返らせた。 「みっけ!」  抉られて爆ぜたコンクリートで、銃弾のおおよその出どころが測られてしまったらしい。猫が闇から飛び出し、軽い影が雫の軌跡を残して駆ける。蜻蛉は的確に銃口を向けるが、撃たれる前に猫は離れた車体の反対側に逃げ込んだ。
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