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上着の下、ホルスターは両脇にある。隠し持っていた二丁目の銃を手に蜻蛉は決着を確信し、敵への引き鉄を絞り込もうとした。
猫が苦し紛れに蹴り上げた足が、それを許さなかった。
猫の蹴りに気づき、蜻蛉は避けた。だが眼鏡が引っかけられ、弾き飛ばされた。
蜻蛉の表情が変わった。
「うおわわわ!」
蜻蛉は猫の足もとに乱射を見舞いながら跳び退る。そのまま逃げるように方向転換し、三つ編みをなびかせて弱い照明が届かない陰に紛れ込んだ。
「……あ?」
呆気にとられた猫と、今やっと全ての粉を噴き出し終えた消火器が、その場に取り残された。
/
「にゃろ~」
かぶっているフードで額から流れる血を拭い、猫は楽しげな悪態を吐く。蜻蛉が捨てた銃の残弾を確認して、ちゃっかり拝借。
「やれやれ、なんか知らんけどラッキー」
小さく呟きながら、蜻蛉から弾いた眼鏡を何気なく拾い上げた。両目の位置に合わせてみて、
「む?」
首を傾げた。
赤く染まりつつあるフードの下で、猫の瞳に鋭さが灯る。
やがて、口もとにうっすらと笑みが浮かんだ。
三日月を模したかのようなその微笑みは、静かに、そしてひどく、優しげに。
/
「……ねーえ、とーんぼ」
猫の声が通る。優しげだが、猫撫で声のような甘さはない。
「お前って、きれい好きだなー」
堂々と相手に話しかけながら、猫は蜻蛉の隠れた方へと近寄っていく。響く声は猫の移動、接近を大々的に伝えている。
「この眼鏡、汚れどころか曇りひとつないもんな。レンズにもフレームにも傷はないし、よく手入れされてるよ」
そこまで言って左手の銃を構え、撃った。蜻蛉を炙り出すための横着な乱射に、誘いを受けるかたちで蜻蛉が飛び出す。スペアなのだろう、彼女は同じ眼鏡をかけていた。
今、猫がかけているのと、同じ眼鏡を。
「どした、なに驚いてんだ――」
瞠目して一瞬動きを鈍らせた蜻蛉に向け、眼鏡をかけた猫が左手を振りかぶる。
「――よ!」
そして、銃を強く投げた。
「なっ」
型破りな戦法に、蜻蛉は完全にペースを乱す。回転しながら飛んでくる銃をかわすが、彼女が体勢を立て直す前に、猫が大きく踏み込み右腕を薙いだ。銃を持つ右手首にナイフの柄の一撃を受け、蜻蛉は銃をとり落とす。
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