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僕は、どこで聞いたのかは定かでないが、彼女のその特殊な能力について知っていた。そして、彼女はその力を使ってみせた。それは彼女にとっては必然であったようだ。ともあれ、彼女は僕の前から姿を消し、僕の中から語りかけてくるようになった。
はじめははっきりと頭の中に響いていたその艶のある美しい声や澄んだ湧き水のような意思の輝きが、だんだんと薄らいでいき、やがて、おぼろげな気配だけを残して、煙のように消えていった。
僕らが会ったのは一度ではない。東京や、京都や、ヨーロッパで、僕は彼女に会っていた。山手線のホームで、四条から三条へ向かう途中の高瀬川で、ウィーン西駅の構内で、カレル橋からプラハ城へ向かう石畳の路上で。
その記憶は、断片的というか、抽象的で、彼女の笑顔や細い指から感じる気品は鮮明に覚えているが、具体的な目や鼻や口の形などはうまく思い出せない。美しさという形のないなにかだけがそこにあって、美化されていく甘い感覚が鼻腔の奥にこびりついている。
「つまり、君は自分の中の女性像――アニマのことを語ってるんだ」
親友はそう言った。
ユング心理学に詳しい彼は、深層心理に棲む元型――精神のもとになるキャラクターたちについて教えてくれた。
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