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駅から出た僕は、生まれて初めて見惚れていた。
「綺麗だ。こんな町がまだこの日本には残っていたんだな」
眼の前に広がる風景を見て、僕は自然と感動を口にしていた。
それは沢山の桜だった、僕がわかるものだけでも、前に住んでいたところの倍以上ある。
「あれはソメイヨシノだよな。そしてこっちはヤエザクラ・・か?」
僕は導かれるように桜に近づいて、子供のようにはしゃぐ。
「とても綺麗でしょう。この風景を見るためだけに多くの観光客が来るんですよ。桜がお好きなんですか?」
後ろから声をかけられて、僕は少し驚く。ゆっくりと振り向いた。
そこにいたのは柔らかい表情をしたお姉さんだった。
「好きか嫌いかと言われれば、好きですね、一応。僕の名前も桜だからですかね。でも名字は海原なんですよ、はは…」
事実だが、これは自分にとって鉄板のネタである。初対面の人にはたいてい言っている。
「素敵な名前ですね。私は吉野といいます。ここの桜を管理している者です」
そう返されると少し恥ずかしい。桜を管理しているだけあって良い人だと思っていると、吉野さんは僕の格好を見て、
「見たところ、学生さんのようですが。海原さん、時間の方は大丈夫なのですか?ここから学校まで結構ありますよ」
そう言われて僕はポケットから取り出したスマホの時間を確認する。時刻は七時五十分。
「あ、ありがとうございます。そんなにかかりますか?だいたいでいいので教えてほしいのですが」
僕は軽く会釈する。
「そうですね。私の息子が言うにはここから走って三十分ほどでしょうか。私の息子は陸上をやっていて毎朝、走って学校へ行っているので。まあ、山の上にある学校なので」
「え?山の上?」
経産婦なのか、と僕は戸惑いつつ、もう一度吉野さんの発言を思い出す。
山の上にある?僕はそんなこと一言も聞いてないぞ。
「はい。あそこに山があるでしょう。その上に学校はあるんですよ」
吉野さんは遠くにある遠近法的に小山を指差して言った。
ここからでも微かに山の頂上に学校のようなものが見える。
僕の視力が良いからかもしれない。
「よく見るとここの学生服とは違いますね。転入生の方ですか?だったらなおさら急がないと遅刻してしまいますよ」
僕はスマホをちら見する。時刻は七時五十五分。
自分の中でデジタルなタイムリミット音を刻み始める。
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