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第一章
鬱蒼と茂る木々がざわめき揺れる。初夏の渓谷に満開の油桐花が、雪のように舞っていた。
白い小さな花の散る渓谷を、少女と少年が駆け登る。
少女――刹琳は息を切らして振り向いた。駆け登ってきた山道の先、深い緑の隙間から火の手が幾つもあがっている。背後から迫りくる、木々をなぎ倒す音と男達の怒声に身を震わせ、彼女は自分よりも小柄な少年――鳳李と一緒に駆け出した。
激しい動悸に息が上がる。次第に動かなくなる足がもつれ、とうとう刹琳は木の根に躓き倒れ込んだ。
「刹琳さま、ここは鳳李に任せてお逃げください」
体勢を崩した刹琳を鳳李が支える。彼は刹琳を立たせると、短剣を構えて背後へ目をやった。
「おやめなさい、鳳李。貴方をおいて逃げるなど、できるわけがないでしょう」
懸命に主である自分を守ろうとする鳳李を刹琳は引き止める。裾を掴まれた鳳李は戸惑いを見せたが、それも一瞬のことで彼女を振り切り駆け出した。
「お待ちなさい、鳳李!」
刹琳が声をあげた瞬間、二人の前に巨大な黒い影が飛び込んできた。鋭い爪、蛇やトカゲに似た顔、鱗に覆われたぬらりと光る体――飛竜だ。
気付いた時には、鳳李は飛竜の長い尾に弾き飛ばされていた。軽々と吹き飛ばされた鳳李は、巨木に背中をぶつけて気を失う。
「鳳李!」
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