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刹琳は鳳李へ駆け寄った。
そこへ、旋回した飛竜が戻ってくる。
蝙蝠のような大きな翼ではばたくと、飛竜は刹琳へ襲いかかった。
飛竜の背には大剣を持った男が乗っている。
血走った目で刹琳を見据え、男は剣を振り上げた。
(殺される……)
刹琳は恐怖に身を強張らせて目を閉じる。
その時だった。
「――こんなことに竜を使うとは、不届き者が」
低く、重厚な声が聞こえた。
閉じていた目を開いた刹琳の視界に飛び込んできたのは、黄色くはためく衣と、艶やかな黒髪だった。
一閃の軌跡を描き、飛竜に跨る男を刃が襲う。
刃は男だけを器用に薙ぎ払った。
飛竜から落下した男は、地面に叩きつけられると短いうめき声をあげる。
一瞬の出来事に、刹琳は指一本動かすことが出来なかった。
「貴方は――」
やっと紡いだ声に、青年が振り返る。
「そこで、大人しくしていてくれ」
黒髪の隙間から見えた横顔の美しさに、刹琳は目を奪われる。
聡明そうな切れ長な目が、柔らかく細められる。同時に弧を描いた形のいい唇と、その左下にある黒子が印象的だ。精悍でありながらも美麗な青年は、神殿に描かれた神々のようだ。
熱いため息を零し、刹琳は青年に見惚れた。その間に、青年は渓谷を駆け下りて行く。
木々の隙間に隠れ、青年の姿が見えなくなる。直後に聞こえてきたのは、刹琳たちを追っていた山賊たちの悲鳴だった。
暫くして青年が刹琳の元に帰ってきた。
刹琳は鳳李を抱き起して近くの木に凭れ掛るように寝かせ、青年に駆け寄る。
山賊たちを何人も切り倒してきたのだろう。片手に持つ剣からは血が滴っていた。しかし、血濡れの剣とは反対に青年には返り血一つ付いていない。
「怪我はありませんか?」
青年は剣に付いた血を手巾で拭い、鞘に納める。
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