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王族一番の苦労人は、言うまでもなく天翔だ。あらがえない血を感じながら、伯儀はほろりと涙を流しそうになる。
「……伯儀様」
「なんだ?」
「今日は飲みましょう! 今日は無礼講ですよ。同じ女にフラれた男同士、仲良く酒でも飲みかわしましょう!」
「無礼講とは、普通は僕が言うものじゃないのか? それに、僕はフラれてなどいない。君と違ってね」
「うっ……。ま、まあ、いいじゃないですか。なんでもいいから、飲みましょうよ」
「結局飲みたいだけじゃないのか……?」
げんなりした顔で、伯儀は幽皓をじろりと睨む。幽皓はそれを全く気にした様子も見せず、伯儀の背中をばしばしと叩いた。
「いいじゃないですか。可愛いお姫様が帰ってくるまでに、辛気臭い顔をなんとかしましょうよ」
「そうだな」
無礼な態度にも、伯儀は怒らなかった。その理由は自分でもわからない。
何を言っても無駄だとあきらめているのか、目まぐるしい出来事に困憊しているのか。どちらか分からないが、一つだけわかる。
ぼんやりと外に向けた瞳は、たった一人の兄弟とただ一人の特別な少女が映っていた。
鮮やかな緑に覆われた山が、目に痛い。夏の足音は、すぐそこまで近づいていた。
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