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視界の先にあったのは油桐花の木だった。満開に咲いた白い花が、風に吹かれて花弁を散らす。
「こんな時期に、どうして油桐花が咲いているのでしょうね。――それにしても、油桐花を見ると、里が恋しくなりましたね、刹琳さま。やはり、あの男ことは忘れて一刻も早く里へ帰りましょう」
突然現れた油桐花の木々を見上げ、鳳李が言った。
しかし、刹琳の耳に鳳李の声は届いていない。彼が答える代わりに頭の中で響いたのは、伯儀の言葉だった。
(里の油桐花を見たいと、天翔様はおっしゃっていたのですよね?)
今、この場所に天翔がいないことが悔しくてたまらなかった。こんなにも美しい風景を、天翔と見られないことが悲しくてたまらない。
(この景色を見せることも、伝えることもできないなんて、わたくしには耐えられません)
花を見上げた刹琳は、目頭が熱くなるのを感じた。それ以上に、胸の奥が焼け焦げるほどに熱い。胸元を押さえるように手のひらを握りしめ、瞑目する。
「――天翔様、何処にいるのですか?」
心の声が口から零れ落ちた、その時だ。銅鑼の音のような咆哮がどこかから聞こえた。
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