212人が本棚に入れています
本棚に追加
ぽつん、と一人残された刹琳は、慌ただしく動く飛竜軍の人々を目で追う。
誰もが無駄口を叩くことなく、仕事をこなしている。その中で、一人だけ何もしないのは居心地が悪い。
「伯儀、竜の餌の準備が終わったら、龍乾の手伝いをしろ。龍乾、水汲みの後は町で買った米で粥の用意だ。ぐずぐずしてるとすぐに日が暮れるぞ、貴様らさっさと動け!」
きびきびと命令を下していく天翔に、刹琳はおずおずと話しかけた。
「あの、わたくしも何かお手伝いをいたしましょうか?」
「ああん?」
「ひぇっ……!」
どすの利いた声と共に、天翔が振り向いた。据わった目に射抜かれ、刹琳は短く悲鳴をあげる。
「……はっ! すまない。刹琳殿はその辺りで休んでいてくれ。今日は疲れただろう?」
刹琳と視線が合ったとたん、天翔の表情がいつもの穏やかなものに戻る。刹琳は戸惑いながらも安堵した。
「ですが、皆さんお忙しそうですし、わたくしだけが何もしないというのは」
勇気を出して、刹琳は仕事が欲しいと言おうとしたが、
「おい、何をしている伯儀!」
天翔の怒声に声をかき消されてしまった。
「貸せ、餌やりは私がする。お前は早く龍乾を手伝え」
竜に餌をやろうとしていた伯儀から、天翔は無理やり餌の入った桶を取り上げた。
「よーし、お前たち、餌だぞ」
天翔は竜に近づくと、餌をやり始めた。
(自ら餌を与えるなんて、天翔様は飛竜を大切にしているのですね)
皇子殿下だけに、手を汚させるわけにはいかない。それに、飛竜に慣れる良い機会だ。
「天翔様、わたくしもお手伝いいたします」
刹琳は意を決して飛竜に駆け寄った。 だが、天翔の顔を見た瞬間、足が止まる。
最初のコメントを投稿しよう!