第1章

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「ざっけんじゃねーーーーーっっ」  部屋に入ってくるなり、大声で怒鳴った孝弘は、事務所の一番奥までずかずか歩いて行って、天井からつるされたサンドバッグに思いっきり蹴りを入れた。  その勢いのまま数回がしがしと蹴りをかまして、ふうううっと肩を揺らして大きく息をつく。  もう5時の終業時間を30分過ぎているからスタッフは誰もいない。基本的に残業しない主義の中国の職場はこういうものだ。 「お疲れさま、孝弘」  怒り心頭といった孝弘にまったく動じず、くすくす笑ったレオンがグラスを差し出した。冷たい花茶(ホァチャ)を一気に飲み干して、孝弘がもう一度大きく息をつく。 「また突っ返された?」 「マジ殺す。あいつら全員ぶっ殺す。てめーらが言った資料、全部そろってんじゃねーかよ。もったいぶってもたもたしやがって。あーーーー、むかつくっ」  叫びながら、もう一発、蹴りをかました。  役所に申請書を提出に行ってきたのだが、ここ数日あれが足りないこれを記入しろと何枚も似たような書類のやりとりをしているのだ。  レオンは櫻花珈琲店の北京2号店、西単(シーダン)店の開店準備で先週から北京入りしている。本来の予定では8月末にオープン予定だったが、何事も予定通りにいかない中国のこと、あれこれトラブルが重なって1か月半も延びたのだ。  一号店の王府井(ワンフージン)店は比較的スムーズにオープンで来たので、ここまで難航するのは予想外だった。  先週は2回レオンが提出に行ったが却下された。人を替えれば同じ書類が通ったりするという摩訶不思議が起こることがあるので、仕事でたまたま北京に来た孝弘がものは試しと懇願されて、時間を作って行ってきたのだ。でも今日も申請は通らなかった。  王府井店が開店するときと同じ書類を用意していると言うのに、どういうことだ。よくあることだが腹は立つ。仕事も忙しい中、何とか役所の空いている時間にギリギリ滑り込んだというのに。
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