第1章

4/30
前へ
/236ページ
次へ
「え、どうした? 何かあった?」  大連にいるはずの祐樹がソファにいるのに戸惑って、困惑気味に声をかける。 「ううん。急に出張になったんだ。さっき北京に着いたとこ」 「ああ、そう。出張で…」 「うん」 「あれ? 二人はバラバラの出張で来てるの?」 「ああ。俺は打合せに呼ばれてたんだけど、祐樹はなんで? そんな予定はなかったよな?」 「明日の朝イチの会議に急に出ることになったから前乗りしたんだ」  朝イチの会議なら大連からなら飛行機で移動しても間に合うが、飛行機にしろ列車にしろ時刻通りに動くかわからないので、できるだけ余裕を持つのが大事なのだ。 「ああ、あれか。でも、それでなんでここに…」 「レオンが北京に来てるって孝弘から聞いてたから大連空港から連絡したんだ。香港でのお礼も言えないままだったし」 「北京に来るって言うから俺も祐樹さんに会いたいってなって」 「で、仕事終わりに会おうってことになってここに呼ばれて」 「ああ、そうなんだ」 「でも孝弘もここに来てるって知らなかったからびっくりした」  それで事務所に来ていたのだ。レオンが孝弘に祐樹の到着を連絡しなかったのはわざとだろう。孝弘を驚かせようという子供っぽいいたずらだ。  祐樹が櫻花公司の事務所に顔を出すのは、まだ二度目だ。  前回は8月に祐樹が北京入りしたときに、会社の紹介がてら孝弘が連れてきた。もっとも事務所と言ってもぞぞむが借りている1LDKの普通のマンションだ。  レオンも孝弘も普段ここにはいないし、商談することもほとんどないから、8畳ほどのリビングにソファセットとデスクとパソコンが置いてあるだけの簡素なものだ。  ぞぞむは年中、中国国内を買付けに飛び回っていて、あまりここに帰って来ないし、誰かが北京に来た時のために奥の寝室にはベッドが二つ置いてあるが、普段は電話番のスタッフ二人がいるだけだった。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

606人が本棚に入れています
本棚に追加