第1章

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 あんなブチ切れた姿を見たあともふだんと変わらずにこっと祐樹が笑うから、孝弘はちょっとほっとしてソファの手すりに座った。  さらさらした柔らかな髪を撫でる。祐樹に触れて、ささくれていた気持ちが静まるのを自覚する。祐樹は悪いと思ったのか、済まなそうに首をすくめた。 「ごめんね、急に来たりして」 「べつに謝らなくても。ていうか会えてうれしいし、祐樹ならいつでも歓迎するよ」  さらりとそんな台詞を真顔で言うから、祐樹の心臓はことこと跳ねる。  孝弘と5年ぶりに再会したのは今年の5月のことだ。初めての北京研修で当時まだ学生だった孝弘と偶然知り合って親しくしていたが、孝弘からの告白を機に疎遠になった。  祐樹がまだ10代の学生の孝弘を受け入れなかったのだ。半年の研修と期間が決まっている上に4つも年下のノンケとつき合う気がなくて距離を置いたのだ。  けれども5年ぶりに会った孝弘は、すっかり大人の顔をした社会人になっていた。3週間の出張の間に通訳兼コーディネーターとして同行すると聞いて、本当は孝弘が好きだった祐樹は動揺した。  もともと孝弘はゲイじゃなかったし、好きだったからこそ突き放したのに自分を追って来たのだと知って、嬉しい反面かなり怯んだ。  それでも熱心に口説かれて、ものすごく心が揺れた。  この手を取るべきじゃないと思ったのに、事故に遭って孝弘が死ぬかもしれないという場面に遭遇して、自分の気持ちを押さえつけておくことができなくなった。  ようやく自分の正直な気持ちを口に出したときの、孝弘の顔を祐樹は忘れられない。香港のビーチ近くのタイ料理レストランで、祐樹は本心から告げたのだ。 「おれは孝弘じゃなきゃダメなんだ。だから他の誰が言い寄って来てもおれを選んで」   そうやって恋人としてつき合い始めて5カ月近く経つが、孝弘のストレートな愛情表現は変わらない。
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