第3章

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「ううん。そんなに疲れてないよ」  首を横に振ったのに、孝弘はまだ眉をひそめている。 「そうか? 今日は早めに寝る?」 「違うよ。今日、中秋節だなって思っただけ」    その返事に孝弘は一瞬、虚を突かれたような顔をした。  二人にとって中秋節は特別な日だ。  甘くて苦い記憶を刻んだ夜。 「中秋節、嫌いだったな」  湯船でうつむいたまま祐樹はぽつんと呟いた。  向い合せに座った孝弘の顔は見られなかった。なんでこんなこと言い出しちゃったんだろうと思う。さっきまで楽しく話していたのに、わざわざこんな話題を出すことはなかったのに。  でも思ったのだ。  5年前のあの夜の話をしなければと。今日、今夜のうちに。  このまま夜を過ごして日常に紛れ込ませてしまうこともできるけど、それでは何となく収まりがつかないような、いつまでも小さな刺が刺さっているみたいな感じが残る気がした。 「どうして?」  孝弘の声が穏やかで怒っていなかったので、続きを言った。 「毎年、孝弘を思い出した。忘れたいのに伝統祝日だから嫌でも思い出して、自分から遠ざけたのに悲しくなった」  たった一度、これでお別れだからと言い訳して、孝弘と夜を過ごした。告白されて突き放したのに、もうこれで二度と会えないと思ったら手を伸ばさずにいられなかった。  最初で最後だと知っていて、それでも孝弘との思い出が欲しくて、孝弘には黙って抱かれた。それが中秋節の夜だった。
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