第3章

11/27
前へ
/236ページ
次へ
「俺も毎年、祐樹を思い出したよ」  孝弘の声に祐樹ははっとした。  そうだ、孝弘のほうが祐樹の何倍も傷ついたはずだ。  告白した相手と抱き合った翌日に、その相手は姿を消してしまったのだ。何も言わず、連絡先も残さずに。  その事情と理由は東京の祐樹の部屋ですでに打明けてしまったけれど、だからと言って孝弘が傷ついた過去が消えたわけじゃない。祐樹が後悔を謝罪するより早く孝弘の声が届いた。 「でも俺は忘れたいと思ったことはなかったけどね」  孝弘の声は穏やかで、当時のことはこだわっていないように聞こえたが、それがかえって祐樹の気持ちを沈ませた。そして同時に喜ぶ気持ちがあるのも感じた。  祐樹が心残りだったように、きっと孝弘もずっと引っかかっていたのだ。毎年思い出したのは孝弘も同じだったと知って、歓喜に似た感情が湧いてくる。    傷つけた自覚は嫌ほどある。それなのに、まるい月を祐樹が切なく見上げていた時に、孝弘も同じように感じていたと知って、どこか喜ぶ気持ちがある自分は身勝手だろうか。  どういう感情であれ、忘れずにいてくれた。祐樹のことを思い出してくれる日が、一年のうちに確実に一日はあった。  そう思うと、それが負の感情にまつわる記憶だとしても心のどこかで喜んでいる自分がいる。自分勝手なのは百も承知だ。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

605人が本棚に入れています
本棚に追加