第1話 キス魔はどっち!?

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** 「ご、ごめん……でもノックもしないで風呂場を開けるのはよくない事だからお前も反省して」 「……」 額に大きめの絆創膏を貼ってもらいながら、光は仏頂面でフンと鼻を鳴らした。反省する気はさらさらないらしい。 角が思いっきり当たったせいで、結構な傷を作ってしまった。 次の週末までに治らなければ、『芸能人は顔が命!』と毎回うるさいプロデューサーの置鮎保に怒られてしまう。 だがこの絆創膏つきで不貞腐れる光の顔は、まるで冷却パッドを貼ったお子様のようで、妙に可愛いらしく似合っている。 ――などと、口に出したら絶対殴られるので言わないけれど。 「目に当たってたらどうすんだよ」 「とっさに取ったのがアレだったんだよ。お前ケンカ慣れしてんだから、これくらい反射で避けるかと思って」 「――うっ」 避けられなかったのがよほど悔しかったらしく、唇を尖らせて黙りこくる。詫びを兼ねて今回も濡れたままだった光の髪をタオルで拭く勝行は、拗ねた姿を見てふふっと微笑んだ。 「もうお前、ほんとかわいいな」 「アアン? 誰が!」 「――ああ、ごめんごめん」 うっかり本音が口を滑らせた。 「お詫びに髪の毛乾かしてあげるから」 「はん、当然だ!」 偉そうに自分の前で胡坐をかく光の髪をドライヤーと手で梳いて乾かしてやると、どんなに機嫌が悪くてもだんだん気持ちよくなってウトウトしてしまう。そんな性癖を知り尽くした勝行は、光の柔らかい髪を何度も梳いては撫で、優しく触れる。 「もう眠たそうだね。寝る?」 「うっせー、まだ……キスまだ……」 うつらうつらと頭を垂れながら首を横に振ると、勝行のシャツの裾を握りしめて、光は寝言のように呟いた。 「今日の、キス、ぜんぜん……してない……俺、死にそー……」 「そんな大げさな」 笑いを堪えたくなるものの、その誘惑の唇はとろんと蕩けた瞳と共に、勝行の目の前へと差し出された。 薄づく桃色の、まるで女の子のようなきれいな唇。 ほんの少しばかり不安げに、――それはまるで、従順に『待て』を覚えて飼い主を見つめる忠犬のような瞳。 それは熱いラブコールを送ってくれるファンの女の子たちよりも、大人気のセクシー美人女優なんかよりも、ずっと魅惑的な姿だった。
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