第8話 黄金色のクリスマスキャロル

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** SPの片岡には悪いが、今日だけは二人で過ごしたかった。部下に本日休業を言い渡し、勝行は光と久しぶりに電車で秋葉原へ繰り出した。 楽器屋や家電量販店で自分の欲しいものを物色しながら、人酔いしかける光の手を引いてなるべく人の少ない場所を移動する。 「何か欲しい物思いついた?」 「うーん……なんも」 「じゃあどこかでランチでも食べに行こうか」 途中、出歩く駅前の街並みはどこを見渡しても一面クリスマス仕様の装飾で彩られている。ここ最近片岡が運転する車での移動ばかりだった光と勝行は、久しぶりの人混みの中で思わず同時に息をついた。 「クリスマスってなんかすごいな。イベント感半端ない」 「俺の知ってるクリスマスはこんなんじゃねえ……」 サンタクロースの伝説や、ファンタジーな童話に淡い夢を抱いていた光は、現実の都会のクリスマスにちょっと幻滅したようだ。 「まあ今年は週末と被ったからだろうね。去年はこんなにすごくなかったと思うんだけど……しんどい? 車移動に変えようか?」 「いや、大丈夫。歩く」 マスク越しに咳き込みながらも、光は首を横にブンブン振って懸命に歩きだす。人混みは苦手だし、感染症にかかったらすぐ重篤化する弱い身体をしているくせに――。仕方ないのでなるべく歩道のすみっこに誘導し、光の隣になるべく人が来ないようにして前に進む。 光と一緒に暮らすようになってからもう四度目のクリスマスだが、実は一度もこうやって歩いたことがなかった。だいたい毎年、肺炎を拗らせたり持病の治療目的で入院していたからだ。折角だから、今日はできるだけ光の好きなことをさせてあげたい。そう思って繰り出してきたけれど、かえって疲れさせてやしないか不安になる。 道路脇にある植え込みや街路樹にはLEDのライトが飾られていた。コードやプラグのぶら下がった樹々や見たこともないモニュメントに気づいた光は、思わず立ち止まって勝行の袖を引っ張った。 「どうした?」 「これ」 光が懸命に指さすものを見ても、言いたいことがよくわからない。 首をかしげながら勝行は、光の説明の続きを待った。 「これって、夜になったら光るやつだよな」 「……ああ、そうだよ」 「今日もやってんのかな」 「そりゃあ……」 そこまできて、勝行はふいに昨夜の光の奇妙な行動を思い出した。 『あれがいい』 (もしかして、イルミネーションが観たいのか) ただの配線剥き出しなライトの飾りなど、勝行には何の興味も持てない。が、光は街中にあるライティングの仕掛けを見つけるたびに、視線を泳がせキョロキョロと周りを見渡している。 そんな光が無性に可愛く思えて、勝行は思わずその手を握りしめた。 「よしわかった。光、夜にデートしよう」 「は?」 勝行のその唐突な提案は、すぐ理解できなかったらしい。 光は目を丸くさせながら、急に握られた手を見つめ、視線を勝行の目元に移した。 「女の子と行ってたら軽く騒ぎになるけど、男同士なら別に問題ないし」 「……何のこと?」 「ライブがおわったら、このあたりのクリスマスイルミネーション巡りに行こうかってこと。お前、イルミネーションが観たいんだろ?」 「いる……なんとかって何」 「夜、この装飾がライティングされて色んな光の演出が観れる鑑賞スポットだよ。新宿の駅前もきっとすごいと思う」 試しにさっとスマホで検索して、「こういうのだよ」と写真をいくつか紹介すると、光はパッと嬉しそうに顔を綻ばせた。 「こんなにいっぱい光ってるとこ、ナマで見れんのか」 「もちろん。何時までやってるかわからないけど、今日はイブだろ。きっとオールナイトでやってるよ。周りはリア充のカップルだらけで男同士なんて不毛だけど」 どうせ光はそういう体裁など気にしないだろう。気にするぐらいなら、今もなお握り締めたままの手をとっくに離しているはず。 本当は勝行も、光と二人であれば、不毛などと悲観したことはただの一度もない。ただ不審に思われたくなくてついごまかしのようにとってつけた愚痴だったが、光には全くもって耳に入ってなさそうだ。 「やった、さんきゅーっ! 勝行いい奴!」 光はライブ後の楽しみができたと言わんばかりの笑顔で、握られた勝行の手も振り払い、両手放しにその胸元へと飛び込んだ。 スローモーションのように勝行の背中はのけぞり、マフラーがはらりと崩れる。 白昼堂々と抱きつかれ、頬にキスされた勝行は思わず「ばか、外だろ!」とそのキャラメル色の頭に容赦なく拳骨を叩き落とした。
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