第2話 腐女子泣かせのアイドル

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「体調はどう?」 「すっげえ元気、ヨユー」 「無理するなよ、こないだ熱下がったばっかなんだから」 「心配すんなって」 「そう言ってお前すぐ電池切れるから」 拳をコツンと当てながら、互いの目を見つめ合って笑みをこぼす。 「きゃあああああ!」 途端、あっという間に人だかりができた客席から、とりわけ大きな黄色い歓声が響き渡る。何事かと振り返った光は、何人もの客に手を振られ、名前を呼ばれて二度驚いた。ステージ前の柵には続々と女子ファンが詰めかけている。 「ヒカルー! かっこいーい!」 「きゃあああっヒカルーッ」 「カツユキかっこいいー!」 「二人とも仲良しすぎー!」 「今日のライブ待ってたよー!」 わあわあと叫び始める女性ライブ客の中で最前列争いの押し合いが始まったのか、急に一人の女性が柵にせり上がり、ぐらりと倒れ込む。 「あ、あぶないっ」 その様子に気づいた勝行は思わずステージから飛び降りると、落ちてきた女性の身体をかろうじて抱きとめ、人混みから引きずり出した。追いかけるように光もステージを下りてくる。 「大丈夫ですか? 頭は打ってない?」 「す、すみませ……」 「よかった、ご無事で何より」 だが彼が助けに来るとは思ってもいなかった女性客たちは、黄色い声を上げて気が狂ったかのように飛び回る。助けられた女性も、まさかステージ上にいたお目当ての推しアイドル本人に助けられるとは思っていなかったのか、頬を赤らめて震えていた。 「やだああっ、カッコイイー!」 「カツユキのスパダリっぷり半端ない!」 「いいなあ、私もカツユキに抱っこされたい!」 そんな鳴りやまぬ歓声の元凶をうざそうに睨みつける光は、ガンッと柵の支柱を蹴り飛ばした。 「うっせえ、あぶねえだろうが! 都合いいことばっか考えてんじゃねーよ、もうちょっとで誰かが大怪我するところだったんだぞ。俺らのライブでケガ人出たら、困るのはこっちなんだからな、気を付けろバカ!」 思わずシン、と静まり返る観客の前で、ヒカルは助け出した女性にも苦言を告げた。 「あんたも、ぼけっとしてんじゃねーよ。お前ら、ここに押し合いのケンカしにきたのか? だったら帰れよ。……俺らの音楽、聴きに来たんじゃねえの?」 「光、もうちょっと優しい言い方しないと」 「うっせえ、勝行だって今のはしくじったらケガするだろうが!」 「そうだけど……」 「いいかてめえら、俺はここに音楽やりにきてんだ! 言いたいことがあんなら、音で勝負しやがれ!」 光がそう叫んだ途端、どこからともなくうおお! と低音の歓声が巻き起こった。黄色い声の派手な女性ファンに圧倒されがちだが、WINGSにはちゃんと音楽を楽しむために聴きに来た客もいることを、光は絶対に忘れない。 転倒した客が元居た場所に戻れたことを確認した後、勝行はまだ何か言いたげな光を強引にステージに連れ戻し、マイクスタンドの前に立った。 そしてすっかり静まりかえった中央スタンド席に向かうと、穏やかな笑顔を見せてマイクを手に取った。 「すみません、お騒がせしました。当ライブハウスでは無理に押し合ったり、ケンカなど周りの方を巻き込む迷惑行為はご遠慮くださいね。演奏中のモッシュも、危ないと判断されたら途中でライブできなくなるので、ご協力よろしくお願いします。――ってなわけで、俺たちからのファンサービスは、イイ子にしてないともらえないよ?」 まだ何の照明も当たっていないのに、キラキラのエフェクトがかかったかのようなまばゆいウインクをしてみせると、再び黄色い歓声が会場中に響き渡った。
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