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この計画はいけると思ったのに、意外とプロデューサーの反応は悪かった。放課後に会いにまで行って口頭でプレゼンするも、やめておけと遠回しに諭す言葉を返され、勝行は思わず食ってかかった。
「夏休み中なら調整して動けると思うんです。光も、今はちょっと体調悪いですけど。そのせいで気分も滅入ってるし、たまには違うところで暴れてみるのもいい刺激かなって。あいつ、ライブを唯一の楽しみに生きてる人間だし」
置鮎保の所有する音楽スタジオでは、発売を目前に控えたアルバムの最終調整段階に入っていて、佳境でスタッフも疲弊していた。その途中、熱を出して倒れた光が一番に離脱。ひとまずは復活したものの、学期末考査期間に突入したため、保はチーム作業を一旦やめて全員に暇を出し、一人でミックス作業をこなしていた。
「まあ、お前の言いたいことはわかるけどね」
何度か目をしばたたき、こめかみを指でつまむと、保はソファに腰掛け自動販売機のホットミルクティーを啜った。
「WINGSの名前を大きく知らしめるチャンスでもあるし」
「そうね」
「光の奴……自分の体調のせいでライブを休んだりしてること、落ち込んでて」
「うん」
「今より大きなライブっていう目標があれば、元気になれると思うんです」
「あの子、冬に散々暴行受けたあとの傷がまだ癒えてないんじゃないの」
ずばり、言いにくいことを保に指摘されて、勝行は思わず閉口した。
「肉体的にも……精神的にも?」
「……」
「まだ半年も経ってないし、当然かもしれないけど」
何があったか、本当のところ保には詳しく伝えていない。ただ、何度も拉致監禁され暴行を受けた事実と、その相手が光の実の父親率いる犯罪組織だったことだけを簡単に伝えていた。
だから彼から、光の体調についてそこまで慎重な意見がくるとは予想だにしなかったのだ。勝行は言い返す言葉が見つからないまま、黙って向かいのソファに座り込んだ。
「そんな状態で、あんたたちのことを知らない人間ばかりがごまんといる会場で、無傷で帰ってこられる保証は」
「……わ、わかりません。でも、うちのSPは必ず連れて」
「まあ一度、あの子連れて渋谷に行ってみたらどう? ちょうどあんたが声かけてもらったところで、知り合いのバンドが別イベント出るわ。チケット、もらってきてあげる。一度どういうところなのか、二人で観て確かめてくればいい」
期末試験が終わってからね。
そう告げる保は、チーム内の誰よりも睡眠時間が短い勝行の瞼に掌を被せた。
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