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会場を出るよと促され、光は気づけばロビーにいた。残響が耳と心臓に残ったまま、まだバクバクと全身の血管を揺らしている。
「どうだった、いい施設だと思わない? 俺たちにはまだ早いかもしれないけど、でも、ファーストアルバムを引っ提げてここのイベントに出たら、いい宣伝になると思うんだ。どうかな」
ふいに聴こえてきた勝行の声に驚いて、光は思わず目の前を凝視した。ぼやけた焦点がぼんやり合っていく。
「勝行……」
「え、なに? 聞いてたか……っておい!」
まだ客が沢山行き交うライブ劇場のロビーで、唐突に光に抱きしめられて、勝行は驚きの声をあげた。
「やめ、ここ、外なんだけどっ」
こんな所でうっかり頬キスを許すわけにいかないと言わんばかりに、その背中を遠慮なく叩いた後、勝行ははたとその手を止めた。光の身体がおかしいことに、ようやく気付いたらしい。
「……っ」
「光? 何……」
「どうした?」
「……けほ、げほっ……」
小刻みに震える身体。乾いた咳。体調不良のサインがあからさまに看てとれる。しがみついたその身は、思った以上に熱かった。発熱の可能性は否めない。
「おい、大丈夫か……? 片岡さん、急いで駐車場に戻りましょう」
「わかりました。歩けますか光さん」
隣からすっと片岡が手を出し、慣れた手つきで光の身体を持ち上げる。ふわりと宙に浮いた感覚の中で、さっきまであったはずの勝行の体温が感じられなくて、光は「いやだ、下ろせ」と呟いた。――つもりだったが、それは声にならなかったようだ。
代わりに零れるのは、痰の切れない喘鳴と荒い吐息だけ。その中で必死に勝行の名前を呼んでみたが、彼の耳に聴こえることはなかった。
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