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 雪の日というのは、こんなに静かなものだったのか。  俺はまだ薄暗いビルの谷間の一角にある小さな空き地を眺めている。  正月の浮かれた空気もひと段落した一月の末。都心部に珍しく雪が積もった早朝である。まだ夜明け前なのに、雪が街の灯りを照り返し、あたりをぼんやりとした光が包んでいる。  物々しい雰囲気のはずなのに、妙な静けさに覆われた街角。狭い路地の両側に建ち並ぶ雑居ビルの薄汚れた壁に赤いライトが影を躍らせている。  俺はぶるりと身震いをした。しかし、この身震いは寒さが原因ではない。  猫背を一層丸めてしきりに手をこすりながら制服警官から話を聞いている相棒の熊谷巳子夫(みねお)に歩み寄る。熊谷は俺の表情を見て露骨に顔をしかめた。 「おおっと、何も聞きたかねえぞ、新田ァ」  まだ何も言ってない。 「なんすか、熊さん、その言いかた」 「そんな目して寄ってくんじゃねえ。お前が柄にもなく目ェきらっきらさせてるときは、ろくなこと考えてねえんだ」 「でも、み……」 「るせいっ! 被害者の工務店社長、梶原信悟は頭頂部をハンマーで殴打されて即死。ただの殺人事件だ」  熊谷は俺の言葉を遮って喚くと、話は終わりだとばかりまた制服警官から事情を聴き始めた。  くそ、わからずやのジジイめ。あんな頑迷固陋な老害とコンビを組まされるなんてホントならこっちから願い下げだってのに。  普段の会話もちっともかみ合わない。なにしろ趣味が盆栽に庭いじりときてやがる。いくらなんでも五十二にしちゃあ早すぎないか? その趣味。  ふん、今に見ていろ。俺はこの事件を華麗に解決して課長はおろか本庁捜査一課にも一目置かれる刑事になってみせる。  力強く噴き出した鼻息が白く宙を漂った。
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