プロローグ

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プロローグ

 シャツが、骨張った体に張り付いていた。  眩暈を齎しそうな陽射しの下で陽炎が立っている。お陰で全ての景色が火に()べられた写真のようにゆらゆらと、なんとも頼りなく、不鮮明に揺れて見えた。山から下りてくる風もなく、切り開かれたまっさらな土地は炎天の格好の餌食だ。  校庭に集められた児童はじっと息を潜めて成り行きに身を委ねている。ジリジリと(はだ)を焼かれながら、身動ぎのひとつもせぬ中には極度の緊張に、汗すら流すことも出来ずじっと地面を見つめている者もあった。女児の、蒼白の顔は唇がからからに乾いているように見える。  恐慌の前触れのようにしんと静まり返り、誰も口を開くものはない。蝉時雨が文字通り、秀雅の山から降っていた。  校庭に直で敷かれたビニルシートのざらついた表面がライトブルーか、あるいは白色に光を反射し、中央に横たえられた獲物の形に浅く沈んでいた。その傍らに立つ児童の影は一部膨張し、一部間延びして見えた。息遣いに影がまた、歪に膨らみ、萎む。  彼は逆光の中で目を見開き、浅く荒く息を吐いていた。吸気の回数が多い。ひたすらに酸素を取り込むばかりで不要となった二酸化炭素の排出が遅れている。まだ丸い頬に水滴が走っていく。喉の奥に引っかかるような吸気音を上げた後、彼は唇を拉げさせた。  口角が痙攣するように震えている。痙攣の続きのような動きで、彼は自分の手元を確認する。赤というよりは黒に近く、しかしやはり赤い粘液を滴らせる鉈を確認する。痙攣は激しさを増した。丁度先刻、彼が屠った獲物の末期に似ていた。  彼の頬を伝った玉の汗が丸い顎の先端でゆるゆると震える。震えた雫は重力に堪え切れず見事な球形を作り、血溜りの中へ吸い込まれた。汗の濃度など血液の濃度に比べたら薄いとでもいうかのように滴った痕跡は瞬時に消えた。  そして、漸く恐慌が訪れる。  喉から引き攣れた悲鳴を絞り出す者、思考停止を起こして啜り泣くだけの人形になる者。失禁する者もあった。誰かが立ち上がり、無意味な声を上げて走り出した。土埃が舞う。  少年はその恐慌を別の世界から見ていた。核の外側から、声がする。その声は少年の口と喉を使い、恐慌に向かって言葉を投げた。
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