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「どんな服装かも判らないんじゃ見たとも見ていないとも言えないわねぇ」
「でも、面識はあるんですか?」
「あら、面識っていっても3年も前にで、それも擦れ違うときに挨拶するくらいのものよ」
いつの間にかこりすは女性の自宅縁側に招かれお茶まで馳走になっている。
「3年前って、かなり前ですよね。」
「そうねぇ。だから私、独り暮らしでも始めたんじゃないかってその時は少し残念だったの」
「残念、ですか。」
きょろりとした眼をくるりと見開いてこりすは繰り返した。刑事課巡査というよりは交番の見回り巡査といった長閑さでこれがこりすの手腕だとしたらなかなかのものだと思う。
「そうよ。肌が綺麗でなかなかの美男だったのよ。目の保養って言うのかしらね。」
「確かに。写真を見ても整った顔立ち、といえそうですね」
「あら、お兄さんも負けないわよ。お巡りさんにしておくには勿体ないくらい」
からころと大声で笑う女性に無言の笑みで返す。刃物を持った殺人犯が逃走している可能性など、この優雅な高級住宅地の人間はドラマの中の絵空事にしか捉えていないのかも知れない。
「でも、怖いわね。間近で見たことのある人間が人を殺すだなんて」
女性は思い出したように交差させた両腕で自身の肩を抱き、ぶるりと体を震わせた。これ以上ここにいてもなんの成果もないだろう。
「引きこもりだったんでしょう?」
その噂だけは容易に広まっているらしく好奇心を隠しもしない上目遣いが清丸を見上げた。
「その辺りは、確認中ですから」
濁して答えると女性は口を尖らせた。
「この辺りじゃ有名な話よ。何て言うのかしらね、気が付いたらご自宅の前に荷物の配達車が止まっていることが多くなって。買い物にも出られなかったみたいよ。ご両親は先生。高校までは名ピアニスト、会社勤めを始めたら鬱になっちゃったって」
最近はいろんな病気があって嫌だわ。
「きっと、親御さんのプレッシャーがあったのよね。だから、キレちゃったのよ。最近の子はキレやすいから。」
32歳が最近の子なら、清丸も、当然こりすも最近の子だということになる。
「あのっ」
「ご協力、ありがとうございました。」
一括にされたことに対してか、こりすは爪先を外に向けて反論を唱えようとした。その僅かばかり先に清丸は女性の言葉も、こりすの言葉も中断させた。
「お茶までご馳走になって申し訳ありません」
「あら、もういいの?」
「はい、」
これ以上、ここにいたところで何の利もない。腰を上げ門扉に向かうとゼンマイ仕掛けの玩具のようにこりすも立ち上がり「ご馳走様でしたっ!」と変に元気な声で叫んで着いてきた。
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