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門扉を出た後もこりすは薄い唇を尖らせたままだった。
「『最近の若者』っていつでもキレやすいんじゃないですかね?」
唇を拉げさせたままでこりすは言う。
「と言うと?」
「あのおばさんが若者だったときも『最近の若者』はキレやすかったし10年後生まれてくる『最近の若者』もキレやすいと思うんです。」
「はあ、成る程。」
それは確かにもっともだろうと清丸は笑った。
「人間は得体の知れないものに不快感を示すからね。」
「不快感」
「その不快感を払拭しようとしてレッテルを貼る。」
印象による決めつけで得体の知れないものを自分の認知の枠に嵌めようとする。それによって偽りの理解を得、自分の知っているものと認識の中に無理矢理収めようとするのだ。
「例えば中学校くらいになると休み時間中も一人、自席で本を読んでいる子っていたでしょ?」
「いましたね」
「往々にして暗い子、オタク、おとなしい子と認識される。」
「されますが、それは事実なんじゃないんですか」
「でも、その子がたまたま『休み時間は本を読む』と決めてただけだったら」
「え。」
「さらにサッカー部に所属していて部活が休みの日には同じ部活の友達とモンハンやってる。」
パーティー組んで。
「んんっ?なんか俄然ちょっとやんちゃな感じがしてきました。しかしなぜモンハン。」
「情報の少ない、よく判らないものに対して勝手に決めつけて理解したふりをしてしまうのは良くあるよ。田舎は長閑、都会は忙ない、欠損家庭の子どもは非行少年、肉体労働者は貧乏人、施設育ちは行儀が悪い、最近の若者はキレやすい、先生の子どもは優等生だが、家庭の躾が厳しい、……」
これらは全て印象による勝手な決めつけで、己の無知を努力もせずに補おうとする蛮行だ。
「引きこもりは、両親と不仲。」
「それ、周響吾のことですか。」
「まあ、周に限らずね」
引きこもりという言葉が世間に与える印象は暗い。閉塞空間の中に日がな一日生息し、インターネットだけが社会との繋がりであると目されていることが大きな要因だろうが、2010年に起こった一家殺傷事件も起因しているだろう。インターネットの解約を理由に30歳の長男が父親と姪を殺害、母親と弟、弟の内縁の妻に怪我を負わせた上、自宅に火を放ったという事件だ。犯人は数十年間自宅に引きこもった生活を続けていたという。他にも、引きこもりが家族と不仲であることを印象づける事件は枚挙に暇がない。
だが、それらを指して引きこもりは全て両親と不仲、と括るには多少乱暴である。
「そもそも、周響吾が、本当に引きこもりかも疑問があるしね」
「あの、」
錆びた手摺の階段を降りかけたとき、こりすの肩に触れる手があった。見事な黒髪をひとつに括り、背中の半ばまで垂らした痩身の女性がこりすを見下ろしている。
「今お話ししていた周響吾って、両親が教員の周響吾さんですか」
話しかけられたこりすは目も口もぱかんと開いた間抜け面で女性を見つめた。ブラックのスキニーデニムに白い綿シャツ。すらりとした手足に、涼しげな目元。同性のこりすから見ても少しどきまぎしてしまう。
「えぅ、あ、あぉ。」
「周響吾さんをご存じですか。」
ワタワタと手をばたつかせ不格好な躍りを披露するこりすを脇に避けると、清丸は胸ポケットにしまったままの手帳と写真を示した。女性は周響吾の写真を認めると小さく息を詰め、微かに顎を引いた。
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