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女性に導かれるまま清丸とこりすは駅前まで戻り、レトロな雰囲気の喫茶店に入った。もう直に日が落ちる街中は1番街のゲート奥から飲み屋の明かりが点り、昼とは違う華やかさを見せている。
「すみません、急に声をかけてしまって、」
女性は嶺岸澪子と名乗り、清丸の向かいに座ったきり、顔を上げることはなく、話すことを躊躇っている様子だった。
化粧気のないさっぱりとした顔は、切れ長で縦幅の狭い二重の目によって上品な印象が作られている。某アイドルグループに似たような顔立ちの女性がいたが、彼女を更に落ち着いた大人の女性にした雰囲気だ。その透明感のある顔が俯いている。
「嶺岸さん」
清丸の声に澪子の顔が上がる。下瞼が強張り、薄い上唇が一瞬上がる。鼻周りには微かにしかめたことによる皺が認められた。恐怖と、嫌悪の微表情。また直ぐに顔が伏せられ、上目にした視線がアイスティーとアイスコーヒーを注文するこりすに縋る。澪子の視線に気付かないこりすの頬でその目線は力なくしなだれた。
清丸が視線だけでテーブルの下を伺うと、澪子の爪先は内側を向き、両手は膝の上に乗せられている。右手首を左手首が掴んだ仕草は自己防衛だ。
「私は、席を外しましょうか」
「え。」
申し出た清丸に驚嘆の声を上げたのは注文をし終えたこりすの方だった。
澪子との面識は当然ながらない。ただ、澪子の必要以上の恐怖と嫌悪は明らかに清丸に向けられている。
「丁度煙草も吸いたかったので。こりすさんにお願いしてもいいかな」
「ダメですよ!清丸さん、捜査はペアが基本です!」
必要以上に強い口調が店内に響く。橙色の柔らかな明かりに不似合いな言葉に一瞬店内の視線が集まった。それを察したこりすが漫画のように両手で口を覆う。周囲の客に愛想笑いで会釈し、こりすは清丸の肩を引き寄せた。
「ダメですよ、捜査なんですから!」
大体、煙草吸うんですか?
耳打ちにしては大きな声でこりすは清丸を叱る。
「いや、煙草も吸いますけど、これは対象者配慮で。」
掌で口元を隠し耳打ちを返す。目の前の澪子は不審がる表情を隠しもせずに2人を見ていた。
「嶺岸さん、男性が苦手ですよね。」
「あ、」
思いもよらず目が合い、澪子が体を強張らせた。先程よりも濃い恐怖の表情と自分の左腕を掴み、身を守るような仕草。
「大丈夫です。嶺岸さんが男性を苦手とする理由を無理に問いただしたりはしませんし、話しにくければ私は席を外して、天野が話を聞きます。彼女は元々、女性に寄り添える警察官を志していますから、信用できるはずです。」
澪子と同じ、左腕を掴む動作を取りながら清丸は静かに、半音高い声を意識してゆったりと話した。澪子が息を吸い込んだ瞬間、注文していたアイスティーとアイスコーヒーが運ばれてきた。小さく会釈をして店員を見送ると、澪子が息を吐き出し、ガムシロップを手にする。すかさず、清丸もガムシロップを手に取り、アイスティーに入れた。
「大丈夫です。」
ストローで、アイスティーを攪拌しながら澪子が呟く。
「そうですか、」
同じ動作を行いながら、真っ直ぐに澪子の眼を見ないように気を付けて清丸は答えた。
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