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思いもよらなかったというように呟いたこりすは澪子にそのクラブの名前と響吾のいそうな場所を訊ねて手帳にメモした。その手元を見ながら澪子は数回、唇を動かして、止めた。
「何か、ありましたか?」
「いえ、」
先程の嫌悪感はなりをひそめていたが、やはり清丸と視線を合わせることはしない。
「ただ、響吾くん、義兄はどうしてるのかなって」
「心配、ですか?」
メモから顔をあげたこりすが問うと澪子は微かに頷いた。両手はテーブルに伏せて置かれ、汗をかいたグラスの影をその甲に写している。
「義父と義母は、なぜ殺されたんでしょうか。」
「それを、私たちは調べています。」
はっきりとした声がこりすの口から溢れた。
「義兄は、無事なんでしょうか」
「ぜっ、ふごっ」
「一刻も早く見つけられるよう、澪子さんにも何かお気付きの点や、響吾さんからの連絡があった際にはご連絡いただけたらと思います。」
いきり立ったこりすの口を塞ぎ、清丸は丁寧にいった。澪子は少し眼を見開いたあとで唇を結ぶ。
「義父と義母には、会えますか」
会う、と言うのは、遺体との面会か。恭子の方はともかく修二の遺体は見ない方が良いだろう。損傷の激しい遺体と対面し、呆気なくひっくり返った女性を何度も見たことがある。
「生前のお姿を、心に留めていた方が故人も幸せでしょう。」
損傷の激しい遺体との面会をやんわりと退けたいときに使う常套句に、澪子は唇を更にきつく噛んだ。
「せめて、響吾くんに、会えたらいいのに。」
微かな声がおとされる。澪子は呟いたつもりなどなかったのかもしれない。
「あの、」
おずおずと、挙手をしたのはこりすだ。顎が肩に埋まりそうなほど首を縮めて小さく右手をあげている。
「響吾さんは、男性ですよね」
「……はあ、」
そうですね、と澪子は呟いて小首をかしいだ。なぜかこりすまで同じように小首をかしぐ。
「響吾さんのことは、苦手ではなかったんですか?」
申し訳なさそうにしかし核心に迫るような物言いでこりすは上目に澪子を伺った。
「ええ。」
はっきり呟いた言葉に先程までのストレスを緩和する仕草は見られない。全て話した高揚に少し声が上ずっている。
「実の兄のようなものでしたから。……それに、」
「それに?」
「いえ。何でも、ないんです。」
澪子はいいかけた言葉を飲み込むと、押し流すようにアイスティーを飲み干した。
「とにかく、義兄を見つけてください。出来るだけ、早く」
切実さを秘めた訴えに嘘はないように見える。こりすは澪子の勢いに圧倒されて大きく頷いた。
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