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また思い出すことがあったらどんな小さなことでも良いので連絡が欲しい旨を伝え、こりすと清丸はそれぞれ仕事用の携帯番号の入った名刺を澪子に渡した。
「澪子さん、私より年下でした。」
「大学生だし、そうだね」
喫茶店のレシートを財布にしまいながら清丸は澪子の去っていく後姿を見ずに踵を返した。車を停めたコインパーキングまではさほど遠くはない。
「なのに、何であんなに落ち着いてるんですかね」
後ろから世話しない足音でこりすがついてくる。
「大分取り乱していた場面も見られたけれど」
「全体的にです。学生さんなのに変に背伸びしたようでもないし、女子力高めのふわふわプリーツ!とか華美な服を着なくてもなんというか、守ってあげたくなっちゃう、みたいな。」
コインパーキングに着いたところでこりすは深く溜め息吐いた。
「私、周響吾は犯人じゃないような気がしてきました。」
「どうして?」
「だって、いい人そうだし、あんなに魅力的な、しかも男性恐怖症の女の子が一つ屋根の下にいても全幅の信頼を置かれているんですよ。相当いい人に違いないじゃないですか」
「本当に兄弟と同じように思っていたら、性的魅力は感じないでしょう。」
「そんなもんなんですか?」
不信感を剥き出しにした目でこりすは清丸を見た。
「少なくとも俺はそうだね。」
「それはー、清丸さんがー、特殊なんじゃないですかー?」
「じゃあこりすさんは兄弟でもその対象になりえるんですか」
あえて顔を近づけ、少し首を傾いでこりすを覗き込む。こりすは目を見開き、瞳に光を反射したあとで視線を下方にそらした。唇が尖る。
「それは、ないです。」
その尖った唇にこりすが指先で触れる。
「でも、彼が犯人か疑わしい、よね。」
「へ?」
夢から覚めたような目でこりすは清丸を見た。
「話は署に戻る車中で。」
「あ、はい」
掌を差し出し、2、3度内側に指を曲げる。
「何です?」
その手にこりすは自身の手を重ねてくる。極めて、自然に。
「……いや、帰りは俺が運転しようかと。」
「あ、わ、あわっ」
手をパタパタと仰ぎ、こりすはまた変な踊りを踊る。ひとしきり変な踊りを踊ったあとでハンドバックに手を突っ込みガチャガチャとかき回す。
「あれ?あ。ぎゃっ!」
車のキーに付いたナンバータグに引き摺られて輪ゴムで束ねられた何かが路面に落ちる。落ちた弾みで輪ゴムが切れてカードが散らばった。
「あー、あー、あー……!」
汚れるのも気にしないで膝を付き、唸りながらこりすはカードを拾い始めた。同じようにこりすの目の前にしゃがみ込んでそれを手伝う。雑貨屋のポイントカードに、総合病院、皮膚科、耳鼻科それぞれの診察券、カフェのプリペイドカード、その他。
「何で財布とかに入れないの?」
「財布に入れると出しにくいし、厚さが増すじゃないですか。お昼買いに行くとき邪魔臭いんですよ」
清丸の集めた分を受け取り、ありがとうございますとこりすは頭を下げる。
「なくしたりするんじゃない?」
「クレジットとか、キャッシュカードは財布に入ってるから問題ないんです。たまに病院に持っていき忘れるけど。」
改めて車のキーを受け取り、運転席の扉を開く。
「自然に渡しちゃいましたけど、いいんですか?運転。」
「うん。本庁ではいつも俺が運転だから、なんとなく落ち着かなくて」
「あ。」
申し訳なさそうな顔をしながらも助手席に座ったこりすが清丸を指差して口元を綻ばせる。
「何?」
「清丸さん、今俺って言いましたよね」
眥が下がり口角が対称に上がっている。典型的な喜びの表情。
「ああ、素が出たかな」
「いいですね。なんか、“チーム”って感じになってきました。」
ふんすと鼻を鳴らしたこりすは勢いづけてシートに凭れ掛かる。
そうか、チームか。
思っていた以上に短絡的な思考とそれに見合わず人称を変えたことに気付くだけの観察力があったことに驚嘆した。
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