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「それで、」
「ん?」
キーを捻ってエンジンをかけた清丸にハンドバッグから手帳を取り出しながらこりすは口を開いた。
「どうして犯人が周 響吾ではないと思うんですか」
「1に動機」
「両親との不仲ですか。」
「うん。引きこもりだったから不仲だと思われたんだよね。」
「はい。でも、周 響吾は引きこもりではなかった。」
「狭義ではね。どれくらいの頻度で外出していたかは本人に聞かないと判らないし」
ギアをドライブに入れ、ゆっくりと車を発進させる。こりすはペンを持ったまま俯き、手帳に走らせる。
「明確な動機がなくなった。多分、周辺住民の証言の理由は殆どが『引きこもり=両親と不仲』だから、大前提が覆されたことで周響吾が両親を殺すに至った理由が判らなくなってしまった。」
「私もそれは同意見です。」
「2に殺害方法」
臨場していなかったこりすは手帳のページを遡り、今日の捜査会議について書かれたらしいページを見る。炎天下アスファルトの上の蚯蚓がページには書かれている。
「修二は撲殺、恭子は頸部切創による外傷性ショック死ですね。」
「凶器は響吾の私物であるバーベルと刃渡り110㎜のナイフ。果物包丁とみられているけど物品はみつかっていない。」
ひとつの現場で殺害方法が2つ。しかも、両方とも凶器が使用されていながらその凶器が異なっている。加えて恭子を殺害したナイフに関してはキッチンにあったものと考えられているが、実際にあったものかは判っていない。
「ああ、澪子さんに確認しなくてはいけないことがあったね。」
「へ。」
手帳を睨み付けたままだったこりすが顔を上げたのが視界の端に映った。
「周家には果物包丁があったのか。」
「無かったかもしれないってことですか」
「あったとしたら響吾はキッチンに下りてきて、そこにあった包丁を出し、そこにいた恭子を殺害したことになる。バーベルを手に持っていたのに」
「その場にあった包丁なら簡単にできるんじゃないですか?」
「まあ、そう考えるよね。因みに、恭子の傷口は恭子の左側から右側に真一文字についていた。つまり、」
「響吾が右利きなら、背後から抱きつくようにして掻き切った、と言うことになりますよね。」
「そうなるとバーベルは一旦その場においたことになるね。」
「手間、ですね」
陽の落ちた暗い車内で手帳を見ることは困難と諦めたらしいこりすは正面を見据え、じっと何事か考えている。
「母親の顔を潰したくなかったから?」
「だとしたら端から凶器をナイフひとつに搾っておけばよくない?」
「父親は撲殺したかった?」
「だとしたら、相当恨まれていたんだろうね、周 修二は。」
「でも、不仲ではなかったんですよね。」
「それぞれの家庭なんて外から見ただけじゃ判らないけどね。」
「それじゃあやっぱり響吾が犯人なんじゃないですか」
もう、と子供か子牛のようにこりすは憤慨して頬を膨らませ、視線を右上方に向けた。その瞳に前を行く車のテールランプが映っている。
「判らないね。だから捜査してる。」
こりすは肩を落としそりゃそうですよね、と呟いた。
「でも、犯人が2人ないし、それ以上だったら?」
信号待ちに停車した車中でこりすが清丸を見る。瞬間的に傾いだ顔が、目を見開いて眉を上げる。
「1人が周 修二を、もう1人が恭子を殺した、」
秘めやかな考察を呟くようにこりすは慎重に声を出した。
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