ムノウ氏

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ムノウ氏

 「周響吾は犯人ではない可能性があります。」  スクール形式に設置された捜査本部の前方、幹部席中央に座す捜査本部長を目の前にしてこりすははっきりした声で述べた。  興奮に声は上ずり、鼻息で捜査資料すら吹き飛ばしかねない姿。清丸はそれを自席から眺めていた。 「なんだ、ありゃ」 「天野巡査は周響吾の犯行に疑いを持っているようです。」  捜査会議のメモを書き改め、話しかけてきた村山に清丸は応えた。周囲の様子を見てか村山の声は囁くように密やかだ。 「それで、本部長に直談判か。なかなか肝の据わったお嬢ちゃんだな。」 「そうですかね」  視線でこりすを伺うと大きな瞳には照明の反射が写り、濡れて輝いている。伸ばされた背筋はやや胸を張りすぎた感があり、踵を揃えた革靴の爪先は真っ直ぐ本部長に向いている。  組んではいるが、こりすの直談判は単独のものであって、清丸の関知するところではない。 「随分他人事めいてるな」 「いえ、そんなことはありません。実際、彼女とペアを組んでいるのは自分ですから。」  組んで捜査していれば単独行動は許されない。捜査本部が周響吾を容疑者と見て追っている以上、それを覆すような意見は相当の証拠が整っていない限り控えるべきだ。 「警察組織は完全な上下組織です。社会的にはボトムアップ式が声高に叫ばれていますが、いまだ上意下達は否めません。」 「それなのにあの嬢ちゃんに言ってやらなかったのか」 「村山さんは、上意下達に疑問を持たない人でしたか」  声を潜め、秘密を共有する者の体で呟く。目はこりすに向けたままで、視界の端で村山が眉を上げ、鼻梁に力を込めるのを見た。 「上意下達が正しいたぁ言っちゃいない。正しいものが正しい」 「自分も同じです。ただ、天野巡査は正義感が迸る傾向にあるようで……」  肩を竦めたポーズを取り、清丸が呟いた瞬間、その迸った正義感が縦社会に阻まれる音がした。 「だからお前の言っていることは見込み捜査にすぎないだろうが!!」  捜査資料の挟まれたバインダーを机に叩きつけたまま所轄捜査1係長が怒声を上げた。村山の怒声も中々のものだがこちらもまた酒と煙草に嗄れた声が旧時代的で化石じみている。  耳を裂くような大声に一瞬こりすは小さな体を跳ねさせた。 「周響吾の身内に会った。話を聞いた。だからなんだ。印象捜査でホンボシ取り逃したら目も当てられないだろうがッ!」 「だからッ!はじめから印象捜査だったんじゃないのかと言っているんですッ!」  初めこそ飛び上がった体は今しっかりと地に足をつけ自分より目線も地位も高い男に向けて1歩も引かない強固な反駁を示す。 「負けないねぇ」  尖らせた唇から息を通して微かな口笛を鳴らし村山はこりすの背中に注視していた。
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