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息巻き、直属の上司である1係長に噛みつく姿は小型犬にも似ている。横に座す本部長と管理官に代わって先に怒声を上げたのは部下可愛さか、それとも単純に出る杭として打ったか。
「そもそもなんで地取りのお前らが鑑取りみたいなことしてんだよ」
「それはッ」
「偶然その女から接触してきて話を聞きましたってか。そんな偶然があるか」
侮蔑の口調。1係長は単純に天野巡査を軽視していることが伺える。
「あれじゃねぇか?その女も周の共犯で捜査状況でも聞きに来たんじゃねぇか」
「違いますっ!」
「何でそんなことが言い切れる」
「澪子さんはそんな人じゃありません!」
「ただ情に流されてるだけだろうがッ!!」
デスクの上で捜査ファイルが大きな音を立てる。叩き付けられたその音にこりすは肩を跳ねらかせそのまま小さく体を竦めた。その様を見て1係長は口角を上げたように見えた。
「大体、犯人が周響吾じゃなかったとして、他の見当はあるのか?金目のものは奪われていない。鑑取りの報告に怪しい人物もない。通り魔的な不審者情報もない。」
会議室にはまだ資料班だけではなく、まだ待機中の捜査員もいる。その中で罵声を浴びるこりすの姿は実際以上に小さくみえる。
「だから嫌なんだよ。女が、しかもガキが帳場入りするナンてよ。コロっと騙されやがる」
「それは、」
「ア?!声が小さくてきこえねぇよ!お嬢ちゃん!」
肉厚の掌を右耳にあて、1係長がこりすの声をかき消す。背中が、小さく震えている。
「あれはさすがに。なぁ、キヨ」
村山の呟きを片耳で聞きながら清丸は席を立ち、鼻から息を吐き出した。
「本部長」
右手に手帳を持ったままでこりすの隣に立つ。臭い物に蓋の態で瞼を伏せていた赤羽署長が上目に清丸を見た。
「捜査一課8係村山班の清丸です。」
ひとつ頭を下げて背筋を伸ばす。その背中に村山の視線を、頬にこりすの視線を感じていた。
「地取り捜査での情報ですが、周辺の監視カメラ、目撃情報共に芳しいものではありません。赤羽署捜査員の皆さんが情報を収集してくださっていますが、実際、地取りに限界が見えているのが現状です。」
「現場百辺って言うだろうに最近の若いもんは」
口を挟み掛けた1課長を黙殺して清丸は自分の考察を口にした。
「殺害方法が異なる点からみて、周響吾を含めた複数犯の可能性も考えられます。私たちも鑑取りの方へ回していただくことは可能でしょうか。」
ひくと、本部長の眉が跳ねる。
「本来であれば地取りから複数犯の可能性を示唆できる証拠を出すべきところ力不足で申し訳ありません。また、峰岸澪子に関しても一度接触した我々なら情報を引き出しやすいかと考えます。」
大幅な捜査路線の変更を申し出ているのとは違う物言いに1課長は黙って本部長の発言を待っている。その本部長はといえばしかつめらしく指先で長机の天板を叩きながら思考する風を見せた。
「地取りから鑑取りに回して欲しい、と」
「はい」
「しかし、赤羽の機捜隊と10係九鬼班にも入ってもらっていますからね」
「峰岸澪子の周囲捜査をさせていただければそれで構いません」
とはいえ、澪子の犯行時刻のアリバイは取れている。そうなると、客観的に見て清丸、天野のペアは実際には大して新しくもない、周響吾の交友関係を再度浚うだけになるのは目に見えている。
本部から見れば態のいい厄介者払いだ。新しい発見もなく、発言の権利も有さなくなる。
それくらいは、本部長にも、また、1課長にも判っていた。
「……判りました。」
苦汁の面を作って本部長は口を開く。
「あなたたちには峰岸澪子周辺の鑑取りをお願いします。」
「ありがとうございます」
本部長の言葉に頭を下げ、清丸は踵を返した。行儀よく並んだ机の間を通り、荷物を取り上げて部屋を辞した。
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