事件

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 鑑識官の目がこちらを向いた。直ぐに立ち上がり、指先に着いた血液を隠す。  恭子の遺体は他の物と同じように無感動に脇に寄せられている。  物を寄せた分、ダイニングの中央は広くなっていた。死神、同田貫女史が仁王立ちしていたのはその空いたスペースの真ん中で、足元に頭のない男性が腕をミキサーに突っ込んだ状態でうつ伏している。  口を挟む必要はない。ただその様相を眺め、頭だけを働かせていた。 「聞くまでもないが、見立ては」 「本当に聞くまでもないことさね、120パーコロシ、恐らく犯人は息子」 「息子?」 「32歳の息子がいるはずだが連絡が取れなくなってる。初動の所轄機捜隊が周辺住民に聞き込みに周って掴んだ話だと5年勤めた会社のプレゼンで失敗し、以来3年間引きこもりだったらしい。」 「三十路になろうって歳の男が引き篭もったのか?」 「嫌だねぇ、(じじぃ)は。思考が凝り固まっちまってんだよ。今時引き篭もるのは何も青少年だけじゃない。」  フンと鼻を鳴らしまた、同田貫は清丸を見た。気づかなかったふりをして目線を遺体に戻した。  男の方の遺体は頭のあるべき場所に座布団が敷かれている。壁際に寄せられた四脚の椅子のうち、三脚には同様別色のものが置かれていることから見てもともとは座面のむき出しになっている残り一脚に置かれていたのだろう。清丸の目線に気がついた村山は近くにいた検視官に指示を出した。 「死亡推定時間は」  めくられた座布団の下に頭はあった。全くフラットな状態になっていたがために頭がないと勘違いしていただけだった。調理台の上に血まみれのバーベルがある。シャフトの片側に25キロのプレート。おそらくそれで頭部を滅多打ちにしたのだろう。しかし、こんなに丁寧に粉砕するのは相当な時間と技量と恨みが必要だろう。  後ろで誰かのえずく音が聞こえた。口元に手を宛がい、喉仏を鳴らす。涙腺に込み上げた液体を零さず、眼球に膜を張らせる。そこまでに留めておいて再び頭を巡らせた。座布団を被せて滅多打ち。 「血液凝固と硬直から昨夜午後19時から20時半、空調が利いていた様子もないので凡そその範囲内でしょう。」 「母親の方は?」 「死亡推定時刻は恐らく同じ頃。ただ、状況からみて母親の方を先に手に掛けたと考えられます。」  捲った座布団を戻しながら検視官は村山の言葉に答える。  確かに、テーブル同様壁側に寄せられていることを鑑みても母親を先に、父親を後に処理した。 「父親との関係が良くなかったみたいだからねぇ」  既に初動捜査から得ているらしい同田貫の言葉に村山は腕の突っ込まれたミキサーの方に目を向けた。ミキサーは通常のジュースミキサーではなく、恐らく肉をミンチすることもできるものだ。その証拠にボトルの半ばまで赤黒い粘液が満たしている。粗く挽かれた肉と骨片らしい白いものが混じって見えた。 「帳場は赤羽か」 「1番近い所轄だとそうなるね。」  ふうと一息吐き出したあとで同田貫はその場を離れ、「私はもう充分見たから帳場の調整に入る」とだけ言って保護板の上を渡っていった。  捜査官と共に入ってきた検事ももう充分であるかのように鑑識係長と解剖の打ち合わせに入り、鑑識官の2階に上がりますかという言葉に村山が頷いた。
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