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「お前のことだ。全くそんなことを忘れているんだろうな」
上司の顔が、パソコンから現れる。ゆったりとした上品な物腰で、落ち着き払って近づいてくる。冷めたような視線で人を見下ろしながら。
「冗談じゃない。やめとけ、後悔する、早く逃げてくれ、このセクハラ上司、訴えてやるって逃げてくれって願ってたよ。今だってそう思ってる」
「本当に? あの時みたいに、俺の股間に足乗っけておきながら?」
靴を履いた上司には、興奮が伝わるまい。ガチガチになった自分のことは、自分が一番よく分かっていた。戸隠は、あの時のように、股間に軽く当てられた上司の足を掴んだ。
「俺はあの時、ああ、やっと始まるんだって思ってましたよ」
視線が合うか合わないかのところで、キーボードの音を追って追われるあの時間が終わって、やっと全てが重なるのだと興奮していた。
上司の冷たい目が、ふと、緩んだ。
「……ずっとかみ合わないままかもしれないな。俺ら」
上司の足が離れ、身体が預けられた。全体重がのしかかってくるが、戸隠は一向に平気だった。上司の気に入る体勢で抱きかかえ直してから、ふと思った。
そういえばこの人、最初は身体全体を抱きかかえることなんてさせなかったなあ。
「次長」
「ん?」
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