シチュエーションラブ

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シチュエーションラブ

 男が服を身につけ始める時間だった。  衣擦れの音が、夕方の六畳一間に響く。敷きっぱなしの布団の上で、裸の身体を横たえたまま、彼はそれを見つめた。  どれほど激しく愛し合っても、男の屈強な身体には、性の疲れは残らない。いや、余韻すらどこにも残っていない様子である。普段なら男の精の強さにほれぼれするところだが、今日はそれが疎ましかった。 「……何だ?」  視線に気がついたのか、男が振り返る。彼は、不機嫌な顔を自覚しながらも、それを改めようとせずに男に告げた。 「仕事なんて行かなくていいだろう」 「馬鹿を言うな」  この実直さに惹かれたのだが、たまに羽目を外させてみたくなる。杓子定規な男の理性を、めちゃくちゃにして引きずり下ろしたくなるのだ。 「……なあ、つまらんよ。今日はもう、朝までずっと一緒にいてくれ」  男が視線だけを向けてくる。その精悍な頬の輪郭は、やはり崩れなかった。 「今日の現場は朝方までだ。先に寝ていろ」 「土木作業員の仕事なんて、やらなくていいじゃないか!」 「働けば働いただけ、稼げる。俺には合っている」  出て行こうとする男の背中に、ふと、言葉が飛んだ。 「……俺たち、こんな出会いをしなかったら、こんな生活をしていなかったのかな」  男の足がふと、止まる。 「……後悔しているのか?」  男の声があまりにも低かったので、彼は慌てて首を振った。 「違うよ。後悔なんて……ただ、考えるだけだ。俺たち、もっと、他の出会い方があったんじゃないかって」 「……他の……出会い方……?」  真面目で、誠実で、実直な男は、真摯にその言葉の意味を考えているようだった。  彼は、そんな男に、安心させるように微笑んだ。 「たとえば、だけどさ」 「たとえば……?」 「高校の教師と生徒、とかの出会いだったらどうだっただろう、とか。考えない?」
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