everything's no change

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 それから、ほぼ無意識のように立ち上がって、辺りを取り巻く、医者や看護師の人達にお辞儀をした。彼らは沈痛そうに頷いた。どこか慣れた心痛の表情だったけれど、彼らの顔を見て、「この人たちも年をとったんだな」という感慨が、何となく浮かんだ。姉といっとう親しくしていた看護師は、この間産休に入ったばかりだった。姉の名前をもらわれたらゾッとするな、と考えてすぐに「ありえない」と思った。その瞬間、姉のことを心底哀れに思った。姉はひとりで行ってしまったのだ。  母は泣いた。益体のない涙であった。泣いて泣いて、泣く先に残るものは何もないとはっきりわかる、そんな泣き方であった。見返りなんもはや求めようはなかった。私はそんな母を心から哀れみ、羨ましがった。  自らの分身のようなわが子とはいえ、よその人間のためにそこまでの涙を、その涙でもう一度“産みかねぬ”という勢いで、身を削って溢れこうそんな芸当を、そこまで自分を他に持っていかれる行き方をしている母に、純心に感心したのであった。 「行ってきます」  言葉は確認で、誰に向けたものでもなかった。  ほぼ灰色となった髪をそのままに、母はぼんやりと座っていた。声をかけるのは戸惑われた。肌は緑がかって白く、暗くかげり、頬はやつれ、唇はいつもうっすらと開いている。目だけ大きく開かれている。だというのに、どこも見てはいないのだ。目の下のしわとグラデーションになった黒い隈を見る。  納骨はせねばならぬと伯母が言った。ぼんやりと真っ黒な目をした母はそれを聞いていた。いつも無神経な野太さのある伯母の声は、ずっと嫌いだった。  母を支えてあげなあかんよ、という言葉は力強く彼女にとってはそれが正義であることがわかった。     
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