第1章

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 「なんだ?誰だ!」伊藤は必死に抵抗しようとしているが関節技が決まっている以上、伊藤にはどうしようもない。  「自己紹介は後だ。少し話を聞かせてもらうぞ」  「何のつもりだ?俺は何もしてないぞ!」  「五年前、傷害事件を起こしているだろう?うまく逃げたものだな。まずはその件から聞かせてもらう。その後じっくりとお前のここ数日の話を聞かせてもらうぞ」  「数日?そんなこと聞いてどうする?」  「食い逃げの被害にあった店、スカイフォレストも含めて四つの店にお前が来ていたことは調査済みだ。まず、なぜあの店にいたのか。そこから教えてもらおうか」  伊藤はこっくりと黙り込んだ。もう隠し事は出来ないと思ったのだろうか。その顔には諦めの色がにじみ出ていた。  「まず、その手を放してくれないか?正直に全部話すから・・・・」    こんな完璧な都市でも路地裏には薄汚いものが溜まる。当然そういう場所には人は寄り付かない。密談にはうってつけだ。  「まさか、この都市で警察が動いているとは、完全に油断していたな。俺の過去まで調べているなんて驚いたよ」  路地裏のゴミ箱に力なく腰かけた伊藤は失笑した。  「確かに二年前の俺はクズだった。でも俺はあの後、夢を見つけた。少なくともそこからの俺は人並みに生きてきたつもりだった」  「だったらなぜ今回こんな事件を起こした?」金田は冷たい口調で言った。  「俺はそんなことしていない!!!俺はあんたたちの味方だ!」  聞くに堪えない戯言。一瞬そう思った金田だが、敵意を孕んだ鬼気迫る顔で訴えてきた伊藤の一言に多少ひるんだ。  「どさくさの言い逃れほど見苦しいものはないな。自分の言っていること、自分のやってきたことをよく考えろ」  「あんたこそよく考えてみてくれよ!俺の過去を調べたのだろう?そのうえで俺が食い逃げしたと思っているなら、あんたはとんだ無能刑事だ!」  伊藤は壁に強く拳をたたきつけた。そして涙でくしゃくしゃになった顔を金田に向けた。その顔はもう敵意を孕んではいなかった。誠意。伊藤の目には奇妙な誠意が宿っていた。その誠意が金田のどこかを弱気にさせた。  「無能か。それもそうだ。この都市から追い出されたような警察には何も期待できないと思うのは当然のことだな。だが、それとこれとは話が別だ」
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