0人が本棚に入れています
本棚に追加
下唇を噛んで伊藤は押し黙った。身体はみるみるうちに縮んでいるように見えた。そこから数秒経って、伊藤は静かに口を開いた。
「俺には夢があった」
「夢?」
「俺は自分の中華料理店を開きたかった。五年前までどうしようもなかった俺を少しまともな人間にしてくれたのはその夢だった。でも・・・」
「でも?」
「半年前のあの日、俺は・・・・」
路地裏の猫が優しい声で鳴く。伊藤の目から温かい涙がこぼれる。その体は微かに震えている。
「食い逃げの被害にあった」
伊藤の小さな声に金田は眉をひそめた。
「食い逃げにあった?あなたが?」
「まぁ、あんたたち警察は知らないだろうな。この都市に犯罪がないなんてでたらめだ。善良な市民がそう思い込んでいるだけだ」
思わず金田の拳に力が入る。こみ上げてくる笑いで声が漏れる。その漏れた笑い声に伊藤は不審な顔を浮かべて金田を見た。
「何がおかしい?」
「いえ、失礼。続きを聞かせてくれ」
伊藤は軽くため息をついてから話を続けた。
「五年前から本気で料理人を目指した俺は一年前やっと自分の店を持つことが出来た。結構評判も良くて、雑誌も乗ったこともあった。だが、半年前、俺の店は食い逃げの被害にあった。正直驚いたよ。起こるはずのない事件が起きたからという理由もあるがそれ以上に魔法を妄信的に信じていた自分に驚いたよ」
「ちょっと待て。半年前?そんな前からこの都市では事件が隠蔽されていたのか?」
「その通り。まあ大方の奴は知らないことだが、確かにこの都市で犯罪行為をする者たちがいる。俺みたいに偶然そのこと知ってしまった奴らも魔法やら権力やら黙らせているからこの都市は完全無欠の魔法都市であり続けられるという訳だ!」
言葉の最後はもう怒号に近いものになっていた。伊藤の怒りの訳。金田はもうそれに気づいていた。金田の心中など知る由もなく伊藤はひと呼吸おいてから話を続けた。
「俺もあの日、食い逃げの被害にあった日、すぐに魔法管理局の奴らがすぐに来て、理由も何も言わずにこの件はこれで見なかったことにしてくれと札束を俺によこしてきやがった。俺は怒りで声を出なかったよ。俺は自分の店に誇りを持っていた。だからこそ、食い逃げしたやつを許せなかった。そして、そいつを魔法都市の名声のために見逃そうとする管理局の奴らはもっと許せなかった」
最初のコメントを投稿しよう!