第1章

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 中にあったのは書類とボールペンだった。そのボールペンを金田はじっくりと見てみた。なるほど、なかなかの特注品だ。最初のうちはそのボールペンの出来の良さに感心していたが先端のほうに掘られた持ち主の名前を見たとき金田の頭は混乱に陥った。なぜ、だれがこんなものを俺のところに?  その答えを探すべく、金田はすぐに書類の内容に目を通した。そして、すべてを知った。その書類には伊藤良助が伝えたかった真実が記されていた。  エプロンを巻いて、対策本部の厨房に立った金田は自分の給料一か月分を使って買った具材を見下ろしていた。まな板の上に並ぶ高級食材たち、金田は目を閉じてそれらがよだれの出るようなおいしい料理になる姿を想像した。もうメニューはきまっている。これが刑事人生最後の料理だ。その覚悟で金田は調理を開始した。あの料理を作ることが一つ彼らとの対話の懸け橋になるような気がしていた。この事件の犯人たちと話し合うことこれが今、金田に最も必要なことだった。それが刑事としての金田のけじめだった。  香ばしい香りに最初に気づいたのは最近太り続けている高下剛だった。  「なんか美味しそうな匂いがしませんか?」  「本当だ。何とも言えぬ香ばしい匂い。下の厨房からするぞ。昨日の食べ残しが誰かが食べているのかもしれんぞ。けしからんな!俺も食べにいくぞ!」  「私も行きます!」  「僕も!」  「私も!」  対策本部にいた数十人近い人間たちは次々と厨房に行く意思を示した。彼らの食い意地はここ最近凶悪なものになっていた。彼らは獣の如く階段を下りた。匂いを嗅ぐだけでよだれが流れる料理を求めて。数十人が階段を下りる様はハイエナの群衆のようだ。  「あの匂いはやはりここの部屋からだ!」  刑事たちはその部屋、厨房に勢いよく飛び込んだ。薄暗い部屋の中に一本のろうそくが立てられている。そのろうそくを囲むように洋食、和食、中華、様々な料理が並べられていた。眼前に広がる楽園に刑事たちは無我夢中で手をつけた。  「これ昨日のご飯じゃないですね。でも美味しいですよ、これ!」  「うまいですね!これは魔法都市の飯にも負けていませんよ」  「ああ、うちでもこんな美味しいものを作れるがいるならあんなことしなくてもよかったのにー」  刑事たちの歓喜の声が部屋中に響き渡る。それほど用意された料理はよくできていたのだ。
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