第1章

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 黒毛和牛、サーロインステーキ、ムール貝?金田溢れだしそうになったよだれを飲み込んだ。そんなおいしそうなものを食べた記憶がない。あの魔法都市が出来て以来あらゆる名店がその都市に移行した。おまけにこの時代、刑事の給料は雀の涙、忙しさも昔の比ではない。心の底からおいしいと思えるものを食べる機会は無能な警察にはほとんどなかった。  「全くとんだ災難だよ。食い逃げが出たというだけで誰もこの店に近寄ろうともしない。もうこの町を出ていくしかない。何が犯罪完全防止地点だよ。笑わせてくれるぜ」  高級レストラン、スカイフォレストの店長は閑散とした店を見渡していった。  「お気持ちはお察しします。しかし、今は犯人逮捕のためにお力を貸していただけませんか?」加賀は深々と頭を下げた。  「分かったよ。協力するよ。たが、今日中には荷物をまとめてここを出るつもりだから手短にしてくれよ」  加賀はポケットから手帳を取り出し、一つ一つ丁寧に質問する。その間に金田は店の中を軽く調べてみた。レンガ造りの中世ヨーロッパの豪邸を彷彿させるこの店の内観に金田はただただ感心した。だが、その感情は店の中をほとんど見渡した後、あっけなく消えてしまった。  こんな無防備な状態で営業していたのか。今までの金田の人生経験上、この店のセキュリティ対策の甘さは信じられないものだった。2050年現在、人類の究極の進化ともいえる魔法がもたらしたものは恩恵だけではなかった。魔法都市以外の地域の犯罪発生率は人類史上最悪のものとなり、誰もがいつ犯罪の犠牲者になってもおかしくない時代が来ていた。その恐怖から身を守るために個人の安全管理が何よりも重要視されるようになっている。その点から言えばこの店の安全管理はあってないようなものだ。金田はしゃがんで床に触れてみた。これでは、どうぞ盗んでくださいと言っているようなものだ。ポイント521でなければ。  「つまり、午前10時半ごろに黒ずくめの男が来たのですね?」  「ああ、そうだよ」  「昼時にはまだ早いですよね?しかも黒服、怪しいと思わなかったのですか?」  「怪しい?ハハハ!こいつは傑作だ!!久しぶりに聞いたよ。そんな言葉!」店長は腹を抱えて笑い始めた。  「この町じゃそんな言葉を使うやつはいないよ」  「どういうことですか?」
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